垣間見たドレスデン その8 小さな家

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小さな家

娘が住んでいるアパートがあるジッキンゲン通りは、タクシーの
運転手も知らないマイナーな裏通りだ。
名所、名跡が立ち並ぶ旧市街からえんえんと続く古い街並みの
中にある。
近くにはワグナー通りなど、実際に住んでいた音楽家にちなんだ
ものもあり、日本だったら一軒あるだけでも話題になり、観光客が
やってくるだろうと思うような家ばかりがずっと並んでいる。
その間に広大な公園がいくつかあるけれど近代的な建物は見か
けず、昔からの雰囲気が保たれている。
家々の色あいは派手ではなく、アースカラーを基調として、落ち
着いているが同じものはなく、それぞれに個性を持っている。
玄関の扉は大きく立派で、窓枠も装飾のあるものが多い。
宮殿の延長線上にある感じだ。
そうした中で私の心に残った一軒の家がある。
少し大きな通りからジッキンゲン通りに曲がる角の比較的小さな
家だ。
他の家は外壁が丁寧に塗りこめられ、美しく着色されているけれ
ど、その家は土壁の質感をそのまま残してある。
茶色とからし色の中間のような温かみのある壁の色に、シンプル
な窓枠はクリーム色で、雨戸の若草色に近いミントグリーンが効
いて、鮮やかなコントラストと軽快な印象を作っている。
家の裏手の台所から続いているだろうと想像できる生活感があり
ちょっと雑然とした感じの場所にだけ少し臙脂がかった赤が使わ
れているのがとても効果的で、感性の伸びやかさを感じさせる。
娘が、この家にはおじいさんとおばあさんが住んでいて、休みに
は孫が泊まりにきていることもあるんだよ、と教えてくれた。
残念ながら見かけることはなかったが、夜に通り過ぎるとき白壁に
大きな絵がかけれらている内部が垣間見えて、落ち着いた暮ら
しぶりが感じられる。
荘重で豪華な宮殿よりも、この家の簡素な佇まいが私をとらえる。
ゴージャスな薔薇よりも、野に懸命に咲く一輪の花に心を動かさ
れるのに似ている。
ドレスデンでは、「システィーナのマドンナ」や、空襲で瓦礫となっ
た石を拾い集め修復した気の遠くなるような努力の結晶の聖母教
会など、多くの美しいもの、素晴らしいものに出会った。
それでも、多くの人をひきつけ、圧倒的力を誇示する美よりも、楚
々として人しれず、自ずからあるような美しさが私を惹きつける。
権威や権力を好まないのも、そうした嗜好からきているのだろう。
あらためて自分と向き合う機会となった。
もうひとつ心の片隅で、明確にはならない思考が明滅する。
私がドイツを思い浮かべるとき、まずイメージに浮かぶのが音楽
だ。
バッハ、モーツァルト(ザルツブルクで生まれたがウィーンで長じ
たためオーストリア人たちはドイツ人ではないと言うけれど)、ベ
ートーベン、ブラームスなどの作曲家たち。
この歳になるまでに、どれだけ世話になったかわからない。
苦しいときも、楽しいときも、心の糧としてきた。
けれど私がこの地で感じる、シンプルでストレートな、ある意味愛
想のない感受性と、それらの音楽が必ずしも結びつかない。
余分なものがなく本質を極めようと営々と努力する生真面目さや、
様々な蓄積の後、歳をとってから日本人にはなかなか得られない
豊かさや暖かさが感じられるところは、共通の基礎としてあると
思うけれど、芸術を芸術たらしめるフレーバーのような何かが感じ
られない。
けれど考えてみれば、私たちの日常の中に日本の伝統芸能の
美しさ、内的な集中による緊張感を見いだせるかというと、とても
そんなものがあるとは思えない。
その時思い至ったのは、芸術というのは日常や現実に根ざしな
がらも、同時にそれから離れ違う世界を創出したり、違う角度から
人間を再発見する視点をもったものなのだということだ。
今あるものに働きかけ、あるいはそこから出発し、違う世界、理想
の美であったり、命の究極の燃焼であったり、深い情動の発露
であったりするかもしれない、そんな普通にはあり得ないものを、
天才たちが必死にこの世につなぎとめたものだ。
美しい理想を追求しただけでなく、これでなくてはダメだという
異議申し立てが潜んでいる。
そうではない、豊かさをひたすら享受するものを私には芸術とは
感じられない。
数においても、力においても圧倒的な他者たちの世界に異邦人
としていることで、日常だけでは飽き足らずに求めてしまうもうひ
とつの世界への希求をはっきりと自覚することができた。
アメリカが好きではないのにジャズを好み、ヨーロッパへの憧れは
ないのにクラシック音楽を愛する理由も少しわかった。
あり得ないものを実現しようとする意思と努力が私にとって生きる
意味であり、その足跡と証と道標として芸術を求めている。
晴屋という八百屋もその延長として、この世ではめったにありえな
いものでありたいと願っている。
ドレスデンでの二日半は濃密で、私にとって数ヶ月分、もしかした
ら数年分もの出会いや刺激に充ちていた。
時の流れ方が違う場所で、美しものに触れ、自分とも新たに向き
合えた。
こんな機会を与えてくれた、ドレスデンと娘、快く送り出してくれた
お客さんや晴屋のスタッフたちに感謝し、報告を兼ねてこの文
章を贈りたい。

「垣間見たドレスデン その8 小さな家」への1件のフィードバック

  1. 松橋さんこんばんは。
    ドレスデンシリーズ、愉しく空想が広がりながら読みました。
    ありがとうございます。

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