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分けありの食べ物 番外その2 小麦粉に頼らないくらし その2

小麦粉に頼らないくらし その2
小麦製品をなるべく食べないようにし
て、もう一月近くになりました。
試食や好意で出されたお菓子なども
あり、まったく食べないわけではない
のですが、機会はわずかになってい
ます。
身体の変化としてはやはり内臓関係
が大きいものがあります。
なんとなく下痢状の大便がここ何年か
多かったのですが、大幅に減りました。
それでも時々、べたっと重たい便が
でることがあります。
私の感じでは内臓内に溜まっていた
グルテンを排出しているのかと思っ
ていて、前向きの変化なのでしょう。
お腹も少しスリムになってきました。
また疲れの抜け方が早くなっている
ようにも感じます。
歳をとっていろいろやっているのです
から、疲れるのは仕方ないのですが、
立ち直りが少し早まりました。
そして一番の変化は頭のぼうっとした
感覚が減ってきていることです。
個人的にはこれが一番うれしい変化
です。
頭のクリアな感じはとても心地よく、
ぜひとも維持したい感覚です。
まだ時折、小麦を食べたい要求が
ムクムクと頭をもたげますが、頭のクリ
アな感覚と引き換えかと思うと我慢で
きます。
こうしたグルテンを摂取しないことで
の変化は人によってまちまちなよう
です。
小麦アレルギーやグルテンアレルギ
ーは抗原抗体反応の過敏による病
気ですが、グルテン不耐性(過敏症)
は病気というよりは、ケガです。
グルテンが腸壁にくっついて、剥が
れる時に腸壁に傷がつき、それによ
って免疫に異常をきたします。
その症状は人によって、その人の生
まれつきの体質や今の状況によって
まちまちです。
私のように下痢になってなんとか排泄
しようとするタイプもありますが、反対
に吸収力を維持するために便秘にな
る人もいます。
「関節痛、うつ、湿疹、皮膚炎、頭痛、
疲労感、イライラ感や異常行動、月経
不順や不妊、こむら返り、うずくような
痛みやしびれ」などが報告されてい
ます。
免疫がおかしくなったら何が起きても
不思議ではありません。
はじめは小さく、問題にならない傷も
増えて、広がっていけば致命傷とな
ることもありえます。
特に歳をとってくると、傷の回復力は
衰え、ダメージはより大きくなります。
症状がまちまちであるため、グルテン
不耐性であることを自覚していない
人が大勢います。
私も体の感覚を自覚することには少し
自信があったのですが、なかなか思
い至りませんでした。
1960年代に小麦の品種改良が進み
増産とグルテンの増加が始まってか
ら、これは全人類に必然的にやって
きた現実です。
小麦に頼る割合が多い西洋人には
とても深刻な問題です。
老化が早まり、衰えや病気を誘発す
るのは確実です。
そのために、なるべく小麦に頼らない
くらしを考えるべきでしょう。
この提案をしてから、米粉がよく売れ
るようになり、パンが少し売れなくなっ
ています。
パン屋さんには米粉を使ったパンを
期待しています。
また晴屋の店頭にある「プンパーニッ
ケル」「フォルコンブロート」といったラ
イ麦だけのパンはよく売れています。
ライ麦は繊維が多く水をよく吸収しま
す。
そのためライ麦100%のパンは、グル
テンはあってもグルテン形成されて
いないのだそうです。
ご存知の通り、パンは水を加え、よく
練ることで粘りが出て膨らみます。
けれど水がないとグルテン同士がく
っついて網目状になるグルテン形成
がされません。
そうするとグルテンはあっても、それ
はただのたんぱく質で悪さはせず、
グルテン不耐性には影響がありませ
ん。
「プンパーニッケル」は二日間ほど低
温で蒸し焼きにしてあり、すこし甘さを
感じる深い風味です。
「フォルコンブロート」は220℃ほどで
普通に焼いてあり、少し酸味を感じる
すっきりした風味です。
いずれも小ぶりですがずっしりと重く
7枚にカットされています。
小さくても胚芽食パンと同じ重さがあ
り、一枚は薄くても一枚で食パンと同
じボリュームです。
そう思えば1パック400円もそう高い
ものではありません。
焼けばより香ばしく美味しくなります。
小麦のパンの代替品としてとても役
にたちます。
麺の代替品としては、米の麺が価格
からいっても、取扱のしやすさから
言ってもおすすめです。
ただアジア産が多い米の麺は、原料
米の遺伝子組み換えの問題で不安
もあります。
中国やベトナムではかなり混入して
いるようです。
タイでは遺伝子組み換え米が認可さ
れていません。
タイ産の原料と確認ができれば、一応
安心でしょう。
晴屋のホーザンビーフンは確認済み
です。
もう少し幅の広いセンレックも確認がと
れたものを店頭に並べたいと思って、
今検討中です。
いずれも焼きそば、汁麺に使えますが、
使うコツは熱湯で戻さないことです。
そうするとブツブツと切れやすくなり、
食感もグニャッとして美味しくなくなり
ます。
水か、せいぜいぬるま湯で20~40分
ほど時間をかけて戻します。
戻した状態で冷凍もできます。
米麺はもう火が通っているので、さっ
と温まったら出来上がりです。
焼きそばには強火で少し焦がすつも
りでさっと炒め、水分が足りない場合
ひとり前大匙1~2杯のスープか水を
加えて火を通すのがコツです。
汁麺はスープに入れて温まったらそ
れで出来上がりで、なれると簡単です。
食感の良さと旨味と香ばしさが味わえ、
小麦に戻りたい要求がなくなります。
小麦を食べない決意をするのは大変
ですが、まったく食べないのでなく、
なるべく減らして違う楽しみを見つける
のもいいのではないでしょうか。

クミンとシラチャソースの楽しみ

クミンとシラチャソースの楽しみ
人間は何のために生きているのかと
いえば、やはり楽しさを追及するため
でしょう。
そのために引き受けざるをえない大
変さや責任はあるとしても、楽しさが
あるうちは耐えて続けることができま

す。
ドイツでは楽しいことの少なかった私
ですが、その中での味の楽しさでは
「ケバブ」が圧倒的でした。
トルコの料理と思われていますが、
意外に発祥はベルリンで、トルコの移
民のひとたちがこの地にある材料で
考え出したものだそうです。
温かく焼いた少ししっかり目のコッぺ
パンのようなものに、香ばしく焼いた
牛か鶏の肉とたっぷりの野菜、そして
深みある味わいでちょっと辛いソース
がはさまっています。
メリハリがありながら、深い味わいもあ
り、心と体を満たしてくれる完璧な食
べ物と感じました。
けれど自分では出せない味だとあき
らめていたのですが、ポイントはクミン
なのだとわかりました。
クミンはカレーにも多用される清涼感
と豊かな香りを持つスパイスです。
日本ではなじみの薄いものですが、
世界では胡椒と同じくらいに最も利用
されることが多いものなのだそうです。
消化を助け、抗がん作用、関節炎の
症状の緩和などの薬効が知られてい
ます。
中世には恋人等の心変わりを防ぐ働き
があると信じられ、ポケットに忍ばせる
習慣があったそうです。
そんな人の心と体に温かなものをとり
もどさせるクミンですが、なんとか晴屋

でも扱えないものかといろいろと調べて
みましたが、結構高価で入荷のロットも
多く、悩んでいました。
それがアメリカで有機の認証をとった物
が、安く手に入れられるのを発見しまし
た。
それとほぼ同時に、シラチャソースとい
うタイのホットソースの有機の物も入荷
することになりました。
本来はシーフード用に作られましたが、
肉や野菜等何にでもあうので、今は欧
米ですっかり定着しています。
そしてこの二つの相性が抜群なのです。
これで完璧にケバブの味が再現でき
ます。
またご飯にのせて、レタスをトッピング
すれば沖縄のタコライスもできます。
ピザソースにも使えます。
基本はケチャップ3に対して、シラチャ
ソースを1の割合で混ぜ、好みの分量
のクミンの粉を加えます。
肉や魚、練り製品等を炒めて、この割
合の調味料で味付けして冷蔵庫に保
存しておけば、何にでも使え日持ちも
し、油でコーティングされて風味も長持
します。
クラッカーやタコス、トルティーアチップ
にもあいます。
温めたパンに野菜等とはさんでソース
をからめれば簡易ケバブです。
エスニックな味の楽しみを手軽に味わ
える万能ソースです。

 

分けアリの食べ物たち 番外1小麦に頼らない暮らし

分けアリの食べ物たち 番外1

小麦に頼らない暮らし
小麦グルテンは腸内で腸壁にくっつ
き、はがれる時に繊毛やセンサーと
なる細胞を壊していきます。
そのために免疫システムがきちんと
働かなくなり、時とともにトラブルが発
生します。
先週、小麦粉に頼らない暮らしの提
案をしましたが、今週はその続きで
実践編です。
小麦に多量に含まれるグルテンです
が、その他の大麦やライ麦にも同じ
成分が含まれています。
どれくらいの量が問題になるのかは
その人によってまったく、まちまちで
す。
私を含めて大多数の予備軍の人たち
は、ふだんからなるべく避ける程度で
も、長い年月での蓄積には差は大き
なものになると心がける程度でもいい
でしょう。
その中で比較的避けやすいのがお
菓子です。
下に米粉を使った美味しいクッキー
のレシピをのせましたので、ぜひお
試し下さい。
麺類もパスタやうどん、そうめん、そば
等に利用されていて、食べないでい
るのはやはり難しい食べ物です。
古代小麦を使ったパスタや雑穀の麺
もありますが、使い切るのはなかなか
厳しいものがあります。
その中ではビーフンが扱いやすく、
味や食感も楽しめます。
ただベトナムや中国産のものは遺伝
子組み換えの米が使われている可能
性が高いので避けるべきでしょう。
タイでは遺伝組み換えの米が認めら
れていないため比較的安心です。
タイ産ビーフンでも他の国の米が原
料となっている場合もあるでしょうが、
晴屋で扱っているホーザンビーフン
はタイ産の米のみという確認ができ
ています。
焼きそばだけでなく、ラーメンにもとて
も美味しく食べられます。
一番生活から切り離しにくいのが、パ
ンでしょう。
香ばしく、深い旨味と手軽さで、本当
に私たちの暮らしに根付いています。
特に欧米の人たちの食べる量には
驚かされます。
それだけに健康への影響も大きなも
のがあり、食品に「グルテンフリー」と
いう表示が当たり前のものとなってい
ます。
あまり無理をして切り離そうとすると
禁断症状が出て、反動でやけ食い
したりしますし、精神衛生上もよくな
いでしょう。
モスバーカーには、ライスバーガー
や低ストレスのバーカーが揃えてあ
りますが、こうした状況が増えてくる
ことを望ながら、なるべく最小限にす
るしか方法はないでしょう。
お米の粉は代替品としてとても役に
たちます。
晴屋ではオーサワジャパンの農薬不
使用の国産「米粉」500g658円、健康
フーズの有機栽培米使用の「お米の
粉」250g480円を扱っています。
昔の上新粉との違いは、製粉の差で
す。
微粉末製法で細かくしたものなので、
用途が広がり、クッキー等にも使える
ようになりました。
美味しく、食べることを楽しむための
ひとつの方法として利用していただく
といいかと思います。

 

丹野さん家のクッキー

料理上手な丹野さんの米粉を使った
クッキーのレシピです
材料はこの通りでなくても、いろいろと
応用できる、少し固めと柔らかめの生
地です

くるみとチョコレートのクッキー
おからで香ばしいサクサクのクッキー
適度の歯触りも楽しい、しっかりとした
味わいです
材料
バター 62g、洗糖 90g、塩 ひとつ
まみ、卵 25g、バニラエッセンス 適
量、米粉 90g、おから粉 20g(なけれ
ば米粉を増やす)、チョコレート 50g、
くるみ50g
準備
*卵、バターは室温に戻す
*チョコレート、くるみは刻む
*オーブンを180℃に予熱する
作り方
1.ボウルにバターを入れ洗糖を3回に
分けて入れ、そのつど木べらでよく
混ぜる
2.塩を加えて混ぜ、卵を3~4回に分
けて加え、そのつど混ぜる
3.バニラエッセンス、米粉、おから粉
を加え、よく混ぜる
4.チョコレートとくるみを加え混ぜる
5.大匙2くらいを手に取って丸め、
オープンシートを敷いた天板にのせ、
直径4㎝くらいに手で伸ばす
6.180℃のオーブンで15分焼く

ディアマン
ほろほろと繊細で柔らかな感触の
フランスタイプのクッキーです
フードプロセッサーがなくてもよく混
ぜれば大丈夫です
材料
バター 60g、米粉 75g、アーモンド
パウダー 10g、洗糖 20g、塩 少々、
牛乳 8g、バニラエッセンス 少々
(仕上げ用)卵白 適量、洗糖 少々
準備
*卵、バターは室温に戻し、2cm大に
切る
*オーブンを180℃に予熱する
作り方
1.牛乳と仕上げ用の材料以外のもの
をフードプロセッサーの容器に入れ、
撹拌する(もしくはボウル良く混ぜる)
2.さらさらになったところへ牛乳を加
えて撹拌し、生地を台の上にとり出し
手でひとまとめにする
3.ラップで包んで冷蔵庫で10分ほど
休ませてから、直径3cmほどの棒状
に伸ばす
4.ラップに包み、切りやすい固さにな
るまで冷蔵庫で最低2時間以上休ま
せる
5.とり出した生地の周りに卵白をハケ
で塗り、バットに洗糖を広げ、この上
に生地を転がして洗糖を付着させる
6.1cm幅に切って、オーブンシートを
敷いた天板にのせ、180℃のオーブ
ンで20分焼く

分けありの食べ物たち その4 小麦のちょっと微妙な話

分けありの食べ物たち その4
小麦のちょっと微妙な話
晴屋で扱っている小麦粉は大半が
岩手産のものです。
薄力粉の「北上」と強力粉の「雪力」
は直送でやってきます。
中力粉の「南部小麦」も岩手産です。
栽培期間中農薬不使用で、保管中
もバルサン等の薬剤を使っていませ
ん。
臭みのない、すっきりした風味で何
でも使える「北上」、希少な国産の
強力粉「雪力」、豊富な旨味とグルテ
ンで他にかえられない美味しさの「南
部小麦」をいつも揃えています。
また南部小麦粉は細かく製粉してあ
るため、パン作りにも使えます。
もうひとつ置いているのが東久留米
で秋田さんが作っている「地粉」で
品種は農林61号です。
無肥料自然栽培の中力粉です。
いづれも、製品の質の確かさの割に
価格はリーズナブルで、晴屋自慢の
品物たちです。
さて問題はここからです。
小麦の美味しさはとても魅力的で、
私など3食パンや麺で大丈夫なほど
です。
しかしその美味しさに落とし穴があり
ます。
3大アトピーは以前は、卵・牛乳・大
豆でしたが、今は大豆の代わりに小
麦になっています。
それほど世の中に蔓延し、定着して
きています。
アトピーといっても小麦の害には、3
種類あります。
いわゆる小麦アレルギーとグルテン
不耐症、セリアック病です。
昔から粉屋の子供が小麦アレルギー
になるという話は伝わっていましたが、
ごく一部の特殊な話であり、多くの人
たちにとって問題となってきたのは、
1960年代以降だそうです。
その頃に小麦の品種改良が大幅に
進み、収穫量が多く、美味しい小麦
が市場にでまわるようになりました。
緑の革命と言われ、画期的な改良
でしたが、化学肥料を使うことを前
提としたものでした。
それによって特殊なグルテンの含有
が増えました。
そのため少量だったら何も問題もな
いグルテンが、大量に摂取したため
にトラブルを引き起こしはじめました。
またその時期から同時に使われはじ
めた農薬との弊害も指摘されていま
す。
アレルギーという免疫反応の他に、
グルテンが小腸壁を壊して免疫力
を減退させていきます。
少量なら体の回復力で戻せますが、
小麦は一度に大量に摂取したり、い
ろいろな食品に含まれていてトータ
ルで多く食べているために問題が起
きます。
比較的症状の軽いグルテン不耐症
(グルテン過敏症ともいいます)の症
状として、下痢、便秘、吹き出物、
疲労感、めまい、偏頭痛、関節の
痛み、うつ状態などがあげられます。
下腹部のぽっこり状態も小麦の影響
が大きいといわれています。
グルテン不耐症は検査でもわかりに
くいのですが、小麦を食べないでい
るとはっきりとした差がでます。
私も一週間ほど、ほとんど小麦製品
を摂取しないように気をつけていた
ら、慢性的に続いていた下痢が治り
疲労感も改善されました。
お腹のぽっこりも減りつつあります。
若いころは何の問題もなかったので
すが、年齢とともに免疫力が落ちて
きたために症状が出始めたのでしょ
う。
私程度の反応の場合、まったくグル
テンを食べないとまでいかなくても、
気をつけて減らすだけで、効果が
あらわれます。
グルテン不耐症は自覚していない人
も多く、また予備軍もいっぱいいるで
しょう。
美味しくて、魅力的で、手軽に何に
でも使える小麦ですが、少しづつ減
らしていく自衛策が必要です。
小麦が主食の白人たちが老いるの
が早かったり、下半身の肥満が多い
のも小麦が一因です。
小麦の持つ中毒性で、禁断症状に
陥る人も多くいます。
ドイツではすでに学校教育の中で、
グルテンの問題を取り上げているそ
うです。
小麦に比べて、ライ麦や大麦はその
グルテンが少なく、スペルト小麦等の
古代小麦にはほとんど入っていない
そうで、そうした替わりの製品の紹介
まで学校でしています。
収穫量が多く、美味しくて、便利な
小麦ですが、人類を明るく照らす希
望の作物というだけでなく、闇の部分
も持っています。
後進国への援助として使われ、美味
しさを覚えた人たちが小麦を求める
ようになり、グローバル化の波にのみ
こまれ、生活はより貧しくなります。
小麦はきわめて戦略的で、政治性
のある食べ物ものでもあります。
自分自身や家族の健康を守るため
に、小麦の使用を減らしていく生活
が求められる時代となっています。

アバドと静寂の音  その10「復活」 2001年 ベートーヴェン交響曲集

アバドと静寂の音 
その10「復活」 2001年
ベートーヴェン交響曲集
 べルリン・フィル

「そして、帰ってきたとき、彼は別の人
になっていました。

死の淵に立った人間として私たちに
話しました「君たちが、私の命をつな
ぎとめた」と。
その瞬間から最後の数年の関係が
一変しました。
皆が愕然と悟ったのです。
この人は音楽がすべてなのだと。
他ならぬ我々と音楽することがすべ
てなのだと。」
ベルリンフィルのメンバーの証言です。
胃癌の手術の後、数週間の休みの
あと復帰したアバドは、すっかり痩せ
て一まわり小さくなっていました。
けれど眼の輝きは増し、音楽への情
熱はあせるどころかより色濃くエネル
ギーを発散させます。
力の抜けた指揮の姿もよりエレガンス
なものとなりました。
このベートーヴェンのライブ録音での
交響曲全集は、アバド退任の1年前
のもので、彼らの結びつきと音楽成
果のなかでも最高のもののひとつです。
会場は本拠地のベルリンフィルハー
モニカが改修中のため、ローマにあ
る劇場です。
伝統を感じさせる美しい建物ですが、
ベルリンに比べるとずいぶんと小さな
ものです。
そしてアバドはオーケストラの人数を
通常よりずっと絞り込み、ベートー
ヴェンが作曲した当時のものに近づ
けました。
大きな音量や技術を誇示するといった
見世物的な要素はまったくありません。
アバドらしい知性に裏付けられた合理
的かつ革新性をこめた選択です。
真摯に紡がれた音が歌い継がれ切
実に次の音を求めます。
アバドだけでなく、メンバーのひとりひ
とりの波動が次の波を生み、より増幅
して次に渡っていきます。
一瞬もとどまることなく流動しているの
に、どこにも力みがなく、涼やかです。
有名な第5交響曲「運命」では、もった
いぶった大げさな表情がまったくあり
ません。
今まさにここに生まれたような新鮮さと、
今ここに生きる切実さに打たれます。
「田園」と呼ばれる第6交響曲は、表題
の通り風景の描写が多くありますが、
アバドは風景を追ったり、感情を増幅
したりせず、淡々と美しく歩をすすめ
ます。
しかしその音が私たちの胸に入るとき、
音は新たな波となって内をみたし、自
然の一部となっている自身を感じます。
さり気ないのに本質を捉えて離さない、
水墨画の名画を見るようです。
私がベートーヴェンのメロディーでもっ
とも好きなのが7番の第2楽章です。
深い森をさまよい、美しいものに触れ、
不思議なものに出会うようです。
アバドの音はファンタジーそのものです。
9曲のベートーヴェンの交響曲を一気
にライブで録音する病み上がりのアバ
ドの気力に驚かされます。
アバドが求め、追及してきたものが、
病気を経て、結実しました。
「価値のあるもの、意味のあるものが
自分の内にあり、それを音楽で表現
しようとしていました。」とアバドは語っ
ています。
情熱と信念を内に秘めていました。
それが病気の後、自分への執着を捨
てて堰を切ったように一気に流れ出ま
す。
「最近気づいたのですが、多く与え
れば、得るものも大きい。
多くを学びました。
病気も悪いことだけではありません。
今は、すべてが違ってみえます。」
ベルリンフィルもともに変わりました。
独裁によって自己を隠して能率を求
めた経済的音楽から、「互いに聴きあ
う、共に音楽するという文化」に脱皮
しました。
アバドは新しい種を撒き、芽吹かせ、
花を咲かせました。
けれどそれはまた、新しい一歩の始
まりでもあります。
病と老いを超えて、探求は続きます。

分けありの食べ物たち その3 洗糖 

分けありの食べ物たち その3
洗糖
食品の害には、大きく分けて二つの
種類があります。
一つ目は余分なものがあるもの。
添加物、着色料、保存料、殺菌剤、
農薬、放射性物質などがあります。
これらは比較的わかりやすいものた
ちです。
見落とされがちなもうひとつの種類
は、本来あるべきものがない状態で
す。
野菜や食品に栄養が不足していた
り、植物繊維が足りずに腸がきちん
と働いていないなどの例があります。
そのひとつが白砂糖の害です。
糖分は、ぶどう糖などのごく一部を
除いては、身体に吸収するときにミ
ネラル分を奪っていきます。
糖分のとり過ぎによる栄養過多の他
に、ミネラルの不足も深刻な問題で
す。
カルシウムや亜鉛、鉄などのミネラ
ルは、多くはいりませんが、身体を
維持するのに欠くことのできないも
のです。
それ無しでは代謝や免疫が維持で
きません。
ミネラルが不足すると気持ちまでイ
ライラし、切れやすくなります。
江戸時代には砂糖は希少で、薬と
した使われていたほどです。
現代では簡単に多量に手に入れら
れるようになっていますが、それが
健康を害するもとになっています。
黒糖や洗糖はさうきびに本来あるミ
ネラルが豊富に残っているため、大
量にとりすぎなければ、身体に負担
をかけません。
そしてこうした健全な糖分はとても自
然で美味しく感じます。
やさしく、やわらかく、深い味わいで、
ピリピリした刺激的な要素を感じま
せん。
煮物に旨味を加え、紅茶などの風
味をひきたてます。
私たち生き物には、ミネラルが豊富
であるという事実より、美味しさを感
じる感覚の方が実は重要です。
ほとんど栄養が無いといわれていた
こんにゃくに、実は体や肌をきれい
にする栄養が含まれているとわかっ
てきました。
生で食べるとビタミンCを壊すと言わ
た人参ですが、形が変わるだけで、
体内では戻るとわかってきました。
私たちが食べて美味しいという感覚
の方が、科学より先をいっています。
ひとつの完成された命としての私た
ちは、自分に必要なものを選ぶ力を
持っています。
自分に必要なものを美味しいと感じ、
不必要なもの余分なものを不味いと
感じます。
優秀な機会でも分からない差を、私
たちは感じます。
いくら身体にいいと言われているも
のでも、自分が美味しいと感じなけ
れば、意味はありません。
知識にとらわれ、感覚を鈍らせてい
くと、私たちの命の感覚も衰え、命も
萎びていきます。
たかが砂糖なのですが、命を維持し、
育てるためにはとても大切なもので
す。
種子島の良質のさとうきびを使った
洗糖は品質の良さだけでなく、価格
の安さもうれしい、生活に取り込める
優れた調味料です。
1kgで448円、400g210円です。

アバドと静寂の音  その9「カオスとひそかな成功」  モーツァルト交響曲第36番「リンツ」

アバドと静寂の音 
その9「カオスとひそかな成功」 1994年
モーツァルト交響曲第36番「リンツ」
 べルリン・フィル

「アバドはわざとカオスを作っていたと
思います」
あるインタビューに答えたベルリンフィ
ルのメンバーの証言です。
アバドのリハーサルにオーケストラのメ
ンバーたちは戸惑いました。
言葉はあまり発せず、手と棒と目で指
示をだし、時折黙り込んで自分の世界
に入ります。
オーケストラの絶対君主である指揮者
はふつう間違いも認めず、自信たっぷ
りに振るまいます。
さらにアバドは「まわりの演奏を、よく聴
くように」とか「指示をまたないで」などと
いうのです。
前任者のカラヤンの下、独裁によって
大音量で鉄壁のアンサンブルを誇って
いたベルリンフィルにとっては考えられ
ない状況です。
混乱に包まれますが、アバドはあくまで
一糸乱れぬアンサンブルより、内省的
で微妙にうつろうひとりひとりの熱意や
ひらめきが感じられる室内楽的な音を
求めました。
当初は戸惑っていたメンバーたちです
が、世代交代による入れ替えもすすむ
うち、その意図を理解していきます。
オーケストラ内での室内楽アンサンブ
ルも増えていきました。
この「リンツ」はその成果があらわれた、
とても地味だけれど隠された成功とい
えるものでした。
第一楽章はゆったりとした序章の後、
草原を渡る風のように爽やかで、軽や
かな表情が清々しく、翼をえた感性が
羽ばたきます。
第2楽章は転調を繰り返しながら、微妙
にうつろう内面の世界が展開し、怒り
以外のあらゆる感情がたゆたいます。
スキップするような楽しい第3楽章の後、
第4楽章では優雅さと力強さが両立し
た胸のすく解放感にいたります。
アバドにとっても、ここまでやっと来たと
いう達成感があったでしょう。
天上の調べのような完全な美しさのあ
る演奏に欠点があるとしたら、人間の持
つ痛み感性のおりが感じられないこと
でしょうか。
この演奏を聴いてから過去の名演奏と
いわれているもの、例えばシューリヒト
が指揮したものを聴いてみると、とても
古く、鈍く感じてしまいます。
一見、すっきりとして穏やかに感じるア
バドの演奏には、覚醒し不純や曖昧を
許さない厳しさが潜んでいます。
その厳しさは自身にも向けられ、矛盾
や葛藤を浮き彫りにします。
音楽によって自分を主張するのとは
対照的に、自分を抑えて純粋な音楽
の美しさを求めています。
それが自己消滅という自己主張にまで
至り、指揮することさえ否定しようとして
いるようです。
すぐれた演奏であるのに多くの人の支
持をえられないのは、そうした自らまで
傷つける棘を潜ませているからでしょう。
微妙な表情を求め、力づくでの盛り上
がりに背を向けた演奏は「無気力に流
す悪い癖」「何も新しいことに取り組ま
ない」などという評価も与えられました。
モーツァルトの交響曲の録音もこの曲
で打ち切りとなりました。
無理解の中に身をおいていたのです。
私自身もこのころのアバドを、横綱相撲
をとろうとして勢いをなくしているのかと
思っていたので、世を責める資格はあ
りません。
アバドがいくら強い意志を持ち、天才
ではあっても、やはり人間です。
何度も胃潰瘍になったと、後に述べて
います。
達成感はありながらも、疲労とストレス
は蓄積していきます。
しばらくしてベルリンフィルとの契約を
延長しないという発表がありました。
それまでカラヤンやフルトヴェングラー
など前任者たちはすべて終身指揮者
で、死ぬまで責を務めました。
辞任が見つかった胃がんのためなの
か、他にやるべきことを見つけたのか
はわかりません。
そして大きな変化が訪れます。

分けありの食べ物たち その2 水とミネラル 縄文水の場合

分けありの食べ物たち その2
水とミネラル 縄文水の場合

水は生命に欠くことのできないもので
す。
日本は大変に水が豊富な国で、ある
のが当たり前で、栓をひねればいつ
でも飲むことができる水が手に入り、
あまり有難みを感じません。
私も以前には水を売るということにと
ても抵抗を感じていました。
けれど縄文水と出会って認識が変わ
りました。
水を売るにあたって、機械を借りて
いろいろな水を測ってみました。
すると水道水だけでなく、市販の水
でもほとんどに問題があります。
雨に由来すると思われる不純物が
多く含まれているのです。
数少ない安心な水が縄文水でした。
そして何よりすっきりして、身体に染
み渡る清冽な美味しさがあります。
飲んだ瞬間に体中に沁みこんでいく
実感があります。
けれどそれは不純物の少なさとは別
の理由によるものです。
数冊の本を読んで勉強してみて、少
しづつ理由を見つけ納得していきま
した。
水には微量にミネラルが含まれてい
ますが、その質の問題のようです。
水は置いておくとクラスターという分
子集団を作り、ドロッと重たいものと
なり、身体への吸収や循環が悪くな
ります。
水の中に良質のイオン化したミネラル
があると、その集団をバラバラにして
活性化した水になります。
ヨーロッパの水はミネラルは豊富な
硬水ですが、ミネラルは分子のまま
でイオン化していないため、水を活
性化できません。
またミネラルが過剰で内臓に負担を
かけることもあります。
ミネラルの分子をイオン化するには、
バクテリアや植物の助けが必要です。
またミネラルにはさまざま種類があり
ますが、組み合わせのバランスによ
って、単一では出ない力を発揮しま
す。
ミネラルバランスの良い状態を私た
ちは快く感じ、波動がいいという見方
も持つことができます。
屋久島には良質の岩があり、豊かな
自然環境の中、杉やバクテリア、苔
などさまざまなものの共存中で他に
はない力のある水ができています。
咳や腎臓の疲れには特に有効です
が、体調の悪い時だけでなく、日常
の健康の維持にもとても役立ちます。
ぜひ生活に取り入れていただきたい
スグレモノです。
遠方からの輸送のため、価格はやや
高めですが、品質を考えればリーズ
ナブルな範囲と思います。
500mlで138円、1.5Lで258円で、
8本入りのケースは1980円です。

分けありの食べ物たち その1 大豆と納豆のちょっと微妙な話

分けありの食べ物たち その1
大豆と納豆のちょっと微妙な話

先日納豆を食べたときに違和感を感
じました。
いつもの味がしないで、大味で、食感
も頼りないのです。
保谷納豆は良質の大豆を使い、炭火
を使ってしっかり丸一日間発酵させて
います。
その工程に手抜きはしません。
それでも発酵は若干少なめに設定
してあって、完全に発酵しきってい
ない少しフレッシュさを残した風味
が個性です。
またこの風味は過発酵になって重た
い味になりにくいため、日もちの良さ
も特徴です。
賞味期限が過ぎてからの方が美味し
いというお客さんも多くいます。
私も先日、二ヶ月前の納豆を冷蔵庫
で発見し、少し白い斑点は出ていた
ものの大丈夫そうだったので、食べて
みましたが、発酵が進んで柔らかく
なっていましたが、まったく問題あり
ませんでした。
ちなみに、ちゃんと発酵しているから
大丈夫なので市販の1~2時間ほど
しか発酵させないものはアンモニア
臭くなってすぐにだめになってしま
いますので要注意です。
今回は食べてみて柔らかかったの
ですが、過発酵とは違うものでした。
売れ残った古いものが出荷されたと
は思えません。
それで問合せをしてみました。
とても興味深い答えがかえってきま
した。
大豆の浸水時間の問題だというの
です。
夏や冬などの季節の温度差で浸水
時間を変えているそうなのですが、
急に気温が上がると浸水時間が長く
なりすぎてしまい、それによって大豆
が柔らかくなりすぎ、味も抜けてしまう
というのです。
長く水に漬けた方がいいものだと
単純に思っていた私にはある意味
衝撃的でとても面白く思いました。
とても微妙な世界なのです。
さらに興味を持って他の製品の問合
せもしてみました。
大豆デイズの「有機蒸し大豆」を初め
食べた時は驚きました。
ただの大豆を蒸しただけのものなの
に、まるで栗のような濃厚な風味と甘
さです。
いくら有機の大豆とはいっても、どう
してここまで出来るか知りたくて製法
を聴いてみました。
そうすると浸水時間は一晩という答え
です。
あまり厳密に計ってやっている感じ
ではありません。
そして水分を含んだ生の大豆を袋
に入れ、封をして、2時間ほど蒸す
のだそうです。
余分な水分を含まず、しっかりと火を
通したのが良い結果につながって
いるようです。
納豆の場合はほとんどが小粒か、超
小粒の大豆を使います。
その差が、浸水の時間のデリケート
な違いにでてくるのでしょう。
味噌の製法もいろいろ調べてみまし
たが、浸水時間はあまり厳密にはな
っていません。
こちらも本質的な問題とはなってい
ないようです。
もうひとつ気になったのが、大豆を
加熱する場合に一晩水に漬けずに、
熱湯の入った鍋にいきなり生の大豆
を入れ、40分ほど蓋をして置いてお
くだけという加熱方法です。
これだとかえって味が抜けてしまうの
か、それとも風味が残るのか気にな
りました。
それで試してみました。
甘さや香りはやはり少し抜けます。
けれど味、特にミネラル感は残り、
しっかりとした味わいで、食感もほど
よく残ります。
煮豆の下準備としては充分でしょう。
ちなみに私は煮豆はあまり好きでは
ありません。
柔らかな芋っぽい感じより、パキッと
した豆の食感がある方が好きです。
それで大豆は一晩水に漬けてから、
さっと5~10分ほど硬めに茹で、それ
を炒めて味付けすることが多いです。
中華風、洋風、スパイスを効かせて
中東風など様々な味に対応できます。
この料理にはこの短時間での方法で
充分で、食感が残るという意味では
こちらに分があるかもしれません。
納豆の味の違いから、大豆の新しい
世界が広がり、料理の楽しさも増し
ました。
機会がありましたら、ぜひお試し下さ
い。
いつも誠実な職人気質を感じる製品
を作り続ける保谷納豆は、作り出すも
のの安定感は抜群です。
それでも極々まれに硬くて風味がな
かったり、今回のように柔らかくしまりの
ない味だったりすることがあります。
そんな時、二、三日前の天候を思い
出して、温かな眼で見ていただけると、
私たちも自然や作り手により近い立場
になれるのではないかと思います。

旬のくらし 眼の疲れへの対処

眼の疲れへの対処
現代は見ることを常に求められて
いる時代です。
一瞬のうちに大事なものと危険な
ものを判別しなければなりません。
日常生活だけでなく、テレビやパ
ソコン、スマホからえられる膨大な
情報への対処も求められます。
本や雑誌、手仕事も見ることなし
には厳しいものです。
休むことなく働き続ける眼に、蛍光
灯やLED照明や野外の紫外線が
さらに追い討ちをかけて疲れをま
します。
眼が疲れると迷走神経も緊張状態
となります。
迷走神経は後頭部から首を通って
肺などの呼吸器とつながっていま
す。
わざわざな長い経路を迷走する
ため、迷走神経と名づけれらてい
ます。
本来は顔の筋肉を司る神経でした
が、海から陸にあがる進化の過程
で肺などの筋肉が必要になり、下
まで持ってきたために迷走してい
ます。
そのため少し無理があって疲れや
緊張がたまりやすいのです。
眼の疲れが呼吸器の疲れを呼び
起こします。
人間は食べなくても一週間以上
生きられます、
水は3日間くらいは飲まなくてもも
ちます。
けれど呼吸は3分ほどできなけれ
ば死にいたります。
呼吸器が疲れるとすぐに体力が
落ちてしまい、動けなくなります。
また春や秋の季節の変化の時期
には呼吸器にも余計に負担がか
かります。
春の欝や五月病、秋のメランコリー
な気分はそうした表れです。
気持も暗くなり内に閉じこもります。
またその反動として妙なハイテン
ションになったりもします。
躁と欝が交互にやってきて自分を
見失います。
呼吸器が疲れると酸素が不足する
ために寝ても疲れが抜けません。
また昼と夜が逆転して、昼はぐっ
たりしているのに、夜になると元気
になって眠れなくなり、ますます疲
れが蓄積します。
そしてあり得ないものにしか興味
がもてなくなり、妄想やゲームの
世界にひたります。
こうして私たちは個の世界に閉じこ
もり、生命の力を衰えさせています。
また、眼と肝臓の働きにも密接な
関係があり、肝臓にも負担をかけ
ます。
肝臓は身体の中の毒や老廃物を
排出する働きがあります。
肝臓が疲れると毒がたまって身体
の中が汚れてしまいます。
心と身体がいっしょになって動い
ている私たちは、感情の中の毒素
も肝臓で処理しています。
それが滞ると、イライラして怒りっぽ
くなり、簡単に切れやすくなります。
眼の疲れは現代の病的な生活感
と極めて密接な関係があります。
みんなそうなのだから、自分もいっ
しょでもいいという考え方もありま
すが、それではあまりに世の流れ
に身をまかせ、寂しくなります。
眼の疲れに対処するには、自分
でケアするしかありません。
目薬や冷やすことはとりあえずの
痛みや疲労感を感じなくしますが、
それはごまかしで、疲労は回復さ
せてくれません。
まずはできるだけ画面から遠ざか
り、見る機会を減らします。
また針仕事や読書、細かな手仕事
も明るい場所で時間を限ってやり
ます。
疲れは冷やすのでなく、温めて働
きを高めて、休め、ケアします。
眼の温湿布はだれにでもできて
効果は確実にえられます。
こめかみには眼の神経が通って
いて、眼の疲れを表現しています。
偏頭痛も多くは眼の疲れです。
眼だけでなく、こめかみもいっしょ
に温めます。
洗面器等に熱い湯を用意し、タオ
ルを何度か温めなおしながら、20
分ほど楽な姿勢で眼を温めます。
この時だれかに補助してもらって、
タオルをかえてもらうと効果はより
増します。
一日の終わりにこれをすることで、
熟睡でき、日々の疲れに対処で
きます。
もう少し積極的には眼に手をあて
て、気を集める方法もあります。
気を集めることで働きが高まり、疲
労が解消します。
眼窩と呼ばれる頭蓋骨の眼の周り
の骨の淵を指で押さえ、痛みや
冷たい異常感を感じる部分の変化
を待ちます。
一番の急所は目頭と目じりの部分
にありますが、びどい場合は周囲
全部に痛みを感じます。
暖かく柔らかい感じがして、息が
通るようになったらもう大丈夫です。
こめかみは口を開けた時に動く筋
肉が急所です。
それをじっと押さえ、痛みや異常感
が抜けるまで待ちます。
ひどい場合は頭の周囲まで痛み
を追いかけていかないと疲れは抜
けません。
眼の運動も疲れをとるのに有効で
す。
眼を閉じて、手の平をあて、眼を
動かして、その動きを手で感じます。
最初は上下に動かし、動きの悪い
方に集注して動かすようにし、動き
がそろうまで続けます。
次に左右、右周り、左周りと続け、
最後には前後(前に出したり奥に
ひっこめたり)と続けて、眼を動かす
筋肉の調整をします。
これらを組み合わせて、眼の疲れ
を調節します。
首の中ほどが眼の疲れを表現し、
問題がある時は硬くなっています。
首は強くもんだり、冷やしたりして
はいけない大事な場所です。
調節してから確認して柔らかく気
が通る感じがしたら一応疲れは抜
けたと判断できます。
見ることは、知ることです。
文字も含めて、私たちは見ることで
ものごとの意味を理解します。
臭いや音などは本能と結びついて
動物的に直感で感じます。
視覚は客観的で、意味や価値と
かかわっています。
知的で人間的であるともいえます
が、ついつい暴走して支配的に
なり、かえって本質を見失いがち
です。
こうして画面に見入って文章を作
っている私ですし、細かな字をご
覧なっている方も眼を酷使されて
おり、まったく矛盾しています。
けれどこの矛盾をどう生きるかが、
現代に問われているとも思うのです。
自分が自分らしく生きるためのひ
とつの技術としてお試し下さい。

ベルリンの青い空 その14 日々の疲れ,旅の疲れ 後編

ベルリンの青い空 その14
日々の疲れ,旅の疲れ 後編

店の棚の改装はとても評判がよく、
やりがいがありました。
手直しをしながら、使い勝手をよく
していきます。
その流れのまま、洸のアメリカ行き
の時期となり、慌しく時が過ぎます。
こんな時、店の裏にある1.5坪の
在庫用の冷蔵庫が壊れます。
毎日大きな氷を買いにいったりと
対応に追われます。
そして疲れは蓄積し、目まいも続
き、いよいよ身動きがとれません。
合間をみながら、身体の修復にも
とりかかります。
私の疲れの自覚は右の首と手首
からはじまります。
強張って、痛みが走ります。
腕の疲労、内臓の疲れ、感情の
抑制などと関係が深く、私の日常
を表現しています。
次には左の腕と首に異常感がお
き、呼吸器や目、迷走神経的の疲
れと関って、もう少し根の深い長く
尾をひく身体の主張です。
要所になる場所にじっと手を押し
あて、痛みや異常感に向き合い
ながら、ほどけていくのを待ちます。
右と左の系統を交互に繰り返しな
がら、薄皮をむくようにすこしづつ
疲労を抜いていきます。
けれど年とともに回復が難しくな
り、時間もかかり、弛む度合いも
少なくなっていきます。
疲労の蓄積に追いつかないので
す。
特に視力の劣化が大きく、計算用
紙の数字を追いかけるのがつらく
なります。
パソコン、スマホ、テレビ、活字な
どの他、日常生活でも視覚で確認
しなければならないものが多くあ
り、眼が休まる暇がありません。
日光や蛍光灯の紫外線も追い撃
ちをかけます。
眼が疲れると、全身がだるくなり、
なにごとも億劫になります。
迷走神経もいっしょに強張って、
呼吸器にも負担がかかります。
酸素がないとすぐ死んでしまう私
たちですから、呼吸器が疲れる
と、ぐったりして行動力がなくなり、
無気力になります。
そして妄想にとらわれやすくなり、
非現実的でありえないものにしか
興味が持てなくなります。
それがさらに進行すると、咳や喘
息だけでなく、あまりものを真剣に
考えない私でも欝状態になります。
また呼吸器が疲れると寝ても疲労
が抜けないので、睡眠も浅くなり、
余計に疲れが蓄積します。
また眼と肝臓の働きは密接な関連
があります。
肝臓は身体だけでなく、感情の毒
も排泄する働きがあります。
それが滞るとイライラし、切れやす
くなります。
現代に生きる私たちの不安や焦
燥、無気力や非現実への逃避と目
の疲れは深いかかわりがあります。
音や臭いは本能と多く結びついて
います。
見ることは客観的でいつも判断の
材料となり、知性に訴えます。
身体の働きを無視して暴走しがち
な私のつたなく生意気な知性は、
余計に眼を使うことでその他の疲
れをごまかし、乗り切ろうとします。
ゲームやテレビにその場の安らぎ
を求めたくなり、疲労はよりひどく
なります。
若いときなら行くところまで行けば、
風邪をひいたり他にエネルギーを
転換したりしてカタルシスをえて、
また正常にもどれますが、年をとっ
てくるとそれも出来ません。
私もこの悪循環から脱出を図りま
すが、いったんは抜け出せても、
またすぐに戻ってしまいます。
出口のない疲労感が私を包みま
す。
今回ベルリンに行って疲労感はつ
のりましたが、いくつかの手がか
りと手助けが残りました。
自転車での素朴な疲労感は自分
の原点に立ち返るのに役立ちます。
道端の草木に心を惹かれ、深夜
の静寂の中の川のせせらぎに耳
を澄ませ、風の中に季節を感じま
す。
自動車の移動ではえられない生き
る悦びです。
帰りの飛行機でただじっと眼を閉
じている時間を多くもちました。
眼を瞑り自分の内面と静かに向き
合う機会が増えます。
身体の奥に暖かで静かなものが
ひそかに燃えているのを感じます。
魂を養うための時です。
疲労感は変わらずありますが、そ
れとも向き合うようになり、ただその
場をやりすごす、とりあえずの逃避
が少し減りました。
フリーセルというカードゲームや
深夜のディスカバリー・チャンネル
を見る時間が少なくなります。
旅費の穴埋めにオークションに手
持ちのオーディオ機器を出品しま
した。
返済もできましたが、同時期に出
品されていたドイツで買いたかっ
たものたちも手に入りました。
何も自分用におみやげを買わな
かった私に、手にしっくりと馴染む
E+M(イーマン)のボールペンと、
何年も捜し続けていた希少なLPは
心の大きなよりどころとなります。
物だけでなく、いのちを燃やす感
覚も少し取り戻しました。
ドイツで一番口にあった食べ物は、
トルコ料理のケバブです。
香ばしく焼いたパンの間に野菜や
肉がたっぷり入り、ピリ辛で深みの
あるソースがあえてあります。
今までその味が自分で出せなかっ
たのですが、今回ベルリンでクミン
というスパイスがポイントなのだと
分かりました。
味覚と料理の範囲が広がり、作る
楽しみが増えました。
当初は疲れしか感じなかったベル
リンへの旅でしたが、結局多くのも
のを与えてくれました。
幾多の悲惨を経ながらそれでも
何かを信じて前に進み続けるベル
リンの街。
私の身勝手な行動を助けてくれ
た人たち。
こんな文章に付き合っていただい
た多くの方々に、今は感謝の気持
でいっぱいです。
ベルリンでの機会やみなさんのご
支援なしには、自分とここまで向か
い合うことはできせんでした。
歳をとり、体力や気力は衰えても、
原点に立ち返り、まだ他のものを育
てられる可能性を見いだしました。
突然、WindowsXPのデスクトップ・
パソコンが末期的状態となりました。
ノートパソコンにデータを移して、
Windows10の操作を覚えなくては
なりません。
新しいことが頭に入らない私として
は高いハードルです。
これからの季節は、さつま芋や里芋、
ぶどうやりんごなども入ってきます。
今の棚では置ききれないので、改
造が必要です。
お盆休みの間の宿題です。
課題や問題がいつも目の前に山積
している私の日常。
今回のベルリンへの旅を経験して、
正直言ってまた海外旅行に行く気
力はもうありません。
あの緊張の連続に再度耐えていく
自信はありません・
それでも、日常の雑務を仕方なしに
ではなく、新鮮に淡々と取りくむ意
欲は湧いてきました。
雑で大雑把な私ですが、年をとっ
て少しは丁寧に生きられるかもしれ
ません。
限界を知りながらも、その中でやれ
ることはまだあるようです。
ベルリンはそんなことも教えてくれ
ました。


E+M(イーマン)のボールペン
手前は以前からある「メランジェ」、奥が今
度手に入れた「キング・クイオ」

ベルリンの青い空 その13 日々の疲れ,旅の疲れ 中篇

ベルリンの青い空 その13
日々の疲れ,旅の疲れ 中篇

火曜日の空港での猛ダッシュの
疲れも金曜にはやっと少し痛み
が治まってきました.
土曜日にはもう一度シオン教会へ
いき,中に入って静かで澄んだ気
にふれることができました.
夜にふたつのコンサートがあり,
日曜の早朝には帰国です.
一度スペインに行き,ヨーロッパを
西から東に渡って日本に向かうの
で時間は余計にかかります.
到着は月曜の朝です.
昼には晴屋に到着し,顛末を大
雑把に報告して,さっそく配達に
出かけます.
私は自分の仕事をだれかに任せ
るのを好きではありません.
他の人がしたことが気にいらない
というのではなく,自分のために
誰かに犠牲を強いるという感覚が
自分で許せないのです.
決してやさしいのではなく,押し付
けがましいので,周囲にとっても
疲れる性格です.
次の日からはまたいつもの日常が
始まります.
ベルリンに行ってシオン教会に深
い感銘をうけたからいって、日常
の何かが変わるわけではありませ
ん。
日々の疲れに,旅の移動の疲れ
が重なり,いなかった間の残務整
理をし,働かない頭と動かない身
体と向き合いながら,時の経過を
待ちます.
そんな状態の中,胸の中に残る
イメージが消えないうちに,どうして
も文章にしないと気がすみません.
身体に残っている感覚を開放す
るのに,他の方法がないのです。
書かないと、腐って朽ち果てます。
睡眠時間を削り,空いている時間
をすべて使って,あいまいにうつ
ろう感覚に形を与えていきます.
およそ2週間で書き上げました.
1から11まで順に書いていきます
が,7の「シオン教会」だけは残し
ておきました.
とって置いて階段を登りつめた最
後の一段としました。
やっと一息ついて,周囲を見渡し
ます.
もう4月の中旬ですが,5月の末に
は店を手伝っている息子の洸の
一週間ほどのアメリカ行きが決ま
っています.
結衣がいない中,ただでさえロー
テーションが苦しいためにかなり
のハードスケジュールになりそう
です.
そして頭の中にあったのは5月の
連休中に予定していた店の改装
の計画です.
表の看板を変えたのがかなりの
好評で,その流れで店の棚を改
良しようというものです.
私は内装の仕事の経験があり,頭
の中に設計図を作って,完成させ
ればどういう効果があり,それには
どれだけの手間と時間がかかるか
おおよそ想像することができます.
新しい棚をふたつ作り,ふたつの
棚を改造します.
誰かに頼める仕事と私にしか出来
ないことを考えあわせ,相当のエ
ネルギーが必要で,私だけでなく
他のメンバーも疲れてしまうでしょ
う.
「今回延期しよう」と申し出ますが,
おカミの答えは「ダメ」です.
仕方なくイメージを絵にしたり,模
型を作ったりしますが,困難さは
ますばかりです.
スケジュールの過密さに根をあげ
て再度延期を申し入れますが,
お許しは出ません.
私は「ハウル」と名づけられた棚を
愛してもいました.
ゴタゴタと雑多なのに極めて合理
的でもあり,多くの機能がありなが
ら,暖かく豊かな雰囲気があります.
晴屋の象徴とも思ってきました.
これを換えるからには,それを越
すものでなければなりません.
そうでなければハウルに申し訳な
いのです.
連休までの2週間の間,今度は空
いてる時間をすべて棚作りに注ぎ
ました.
連休の4日間ではとても間にあわ
ないので,事前にいくつかの部分
を組み立てておき,塗装もすませ
ておいて,休みの間に店の中で
組み立てる計画です.
こういう仕事は基本部分より,細部
の仕上げに時間がかかります.
それを疎かにすると,結果は必ず
失敗します.
連休の初日,手伝いに来た洸が
いきなりハウルの解体をします.
あっという間にバラバラになりまし
た.
「自分じゃ、できないだろう」と言い
ます.
確かに私がやっていたら気持が
重くなって,それだけで疲れてい
たでしょう.
完成できなかったかもしれません.
最初の一日で基本構造は終わり,
残り3日で細部を仕上げました.
出来は非常によく,見やすく,明
るく,広くなったとお客さんたちに
も好評です.
しかし達成感はあっても、疲れは
身に確実に残ります.

ベルリンの青い空 その12 日々の疲れ,旅の疲れ 前篇

ベルリンの青い空 その12
日々の疲れ,旅の疲れ 前篇

ベルリンから帰って間もなく、自転
車が壊れてしまいました.
強風で倒れたところに,車が通っ
たようです.
後輪と荷台が変形して,走るとふ
らつきます.
少し離れた住宅街に,おじいさん
2人でやっている自転車屋さんが
あります.
新品はひとつも置いていないので
ありったけ地味なのですが,直す
のが好きで,手間を惜しまない実
直な雰囲気が伝わる好感のもてる
店です。
持っていきましたが,相当の手間
と時間がかかるようです.
数台並んでいる中古品の中に私
の目をひくものがあります.
つぎはぎの部品で色が違ってい
たりするのですが,ベースはブリジ
ストンの高級品です.
15000円と安い新車が買える価
格ですが,試乗するととても乗り
やすく,力強く安定して走ります.
少年時代に自転車で遠出してい
た時の感覚を思い出す,乗る楽し
さがあります.
修理費用と大差ないので,迷わず
買うことを決めました.
それから,なにかと自転車に乗る
機会が増えました.
ベルリンでも自転車で移動して街
並みを楽しもうと思っていたので
すが、カードが使えず断念した悔
しさもあるかもしれません。
けれどある日,ふくらはぎの痛み
が自転車のせいだと気づきました.
もう還暦をとうに過ぎているので,
少し無理をすれば当然のことなの
ですが,こうした原因のはっきりと
した疲れは,最近の私にとっては
極めて稀で、新鮮です.
今のこの疲労感が,ここ最近の忙
しさのせいなのか,長い間に蓄積
したものなのか,天候の不順によ
るものなのか,あるいは年齢のせ
いなのか,なかなか判別できない
ことが多いのです。
真綿でしめつけられるように,理
由もわからず自由がききません。
今回ベルリンに行く前もとても疲
れていました.
日常の疲れと行くまでの準備もあ
りましたが,決定的ダメージは飛
行機のチケットの買い間違いに気
づいたときです.
出発の2日前にいろいろチェック
していると,帰りの日程が1日違っ
ていたのです.
最後の日,日曜の朝市を少しで
も長い時間見ていこうとギリギリ遅
いフライトを選んだところ,経由地
のアムステルダムでほぼ一日待っ
てからの乗り換えに変更になって
いたのを気づかずに予約してしま
ったのです.
一瞬で頭の中が真っ白になりまし
た.
23時間何もできず、ただ空港で
缶詰状態になっているには耐えら
れそうにありません。
一応,旅行業者に問い合わせて
みましたが,まとめての予約なの
で帰りの便をキャンセルすると全
部が無効になってしまいます.
事前予約でない正規のチケットは
片道30万円くらいします.
一度は縁がなかったことにしようと
諦めましたが,予約したコンサート
には未練があります.
ため息をつきながらネットを調べ
ていると,人気の無いイベリア航
空のものがほとんど同じ日程で片
道11万円ほどで売り出されていま
した.
最初買ったチケットが往復12万円
ほどだったので約2倍ですが,相
場からするとかなり安いものです.
これでスピーカーを売った代金だ
けではすまなくなりますが,せっか
くの機会を逃すことはないと予約
しました.
この時素直にあきらめていれば,
テーゲル空港で走り回って疲れる
ことも,お金がなくて切り詰めた暮
らしをすることもありませんでした.
そしてこれも私のミスなのですが,
バスタブの無いシャワーのみの
部屋を予約してしまいました.
空港での必死の走りで足はこわ
ばって,一歩ごとに痛みがはしり
ましたが,お風呂で身体を休める
こともできません.
カードが使えず部屋の交換もで
きず,一人寒いベルリンの一室
でじっと耐えるしかありません.
一体何のために俺はここにいるの
だろうと自問しますが,答えもあり
ませんでした.
レコードが欲しいとか,買いたい
ボールペンがあるという欲もありま
すが,達成することもできません.
多くの限界がありますが,何も強
制はされてはいません.
ただ,裸の感性の声に従ってここ
に静かに、無になっていることしか
できません.
それが疲労の中,シオン教会との
出会いにつながっていきます.
望んでいたものとはまったく違い
ますが,何かの必然があって出会
う運命だったような,不思議な天の
采配があるように感じます.

ベルリンの青い空 その11 画面の向こうにあるもの

ベルリンの青い空 その11
画面の向こうにあるもの

帰りのイベリア航空の機体は比較
的新しいようです。
それぞれの椅子にUSBの端子が
付いていてインターネットに接続
もできますし、液晶ディスプレイで
は映画やゲームが楽しめます。
ほとんど全員が画面を見ている中、
私はなぜか見る気がしません。
「ハリーポッター」の最新作や「ドク
ター・ストレンジ」など見ればそれ
なりに楽しいのでしょうが、その世
界に入りたくないと感じていました。
眠るでもなく眼をつぶっていると、
ベルリンの街の様子が浮んできて、
まだそこにいるような気がします。
街の名前、音、空気感、教会のた
たずまいなどのイメージが流れて
いきます。
ベルリンは私にとって憧れの地で
はないのですが、それでもそこに
なにか魂のつながりができてしま
ったように感じます。
こうした感覚は20年前にもありまし
た。
屋久島に行ったときです。
そのときは帰ってきても、まだ島に
いるような感覚に陥ります。
「あれ、僕は屋久島にいるはずな
のにどうしてここにいるんだろう」
と何度も思い、それは一月以上も
続きました。
そして樹を見ていると、それが公
園の小さな植木であっても、気持
が通じるような気がしました。
そういえばあの時も、精神的にも
肉体的にもつらい旅でした。
義理の父と実の父が相次いで病
をえて、おくりました。
腰も痛く疲れて、男の厄年の後、
何をやっても今まで通りできませ
んでした。
そんな暗く重たいものを屋久島に
持ち込んでいました。
縄文杉へは往復10時間ほどの行
程です。
自然の豊かさ、特に苔の美しさに
心をうばわれます。
時折何かの気配がして振り返りま
すが、誰も、何もありません。
ふり続ける小雨のなか、合羽の下
の衣類も汗でぬれます。
帰り道になると下りで歩くのが楽に
なるはずが足が重くなりはじめ、間
もなく古傷の膝が痛み始めました。
硬い枕木の上を歩幅が合わない
状態で前に進みますがついに足
をひきずってしか歩けなくなりまし
た。
なんとか宿までたどりつきましたが、
たまっていた疲れが一気に噴出し、
泥のように眠ります。
翌日からは足も痛く、眠る間にす
こし島を見て歩きました。
そんなつらい時間を過ごしたはず
なのに東京に帰って、屋久島に
魂を忘れてきたと感じたのです。
魂をはじめて自覚したときでした。
今回も歳をとった中ですが、体力
と気力の限界までいたりました。
私のような迷いの多い凡人は,そ
こまでいかないと見えないもの、
感じられないものがあるのでしょう。
ほぼ一週間、テレビにもパソコン
にも向かいませんでした。
そのためか、機内で全員が画面に
向かう様子に気味の悪さを感じま
す。
魂を奪われていくようです。
私たちに届けられる膨大な情報、
特に映像には驚くほど大きな情報
量が含まれています。
まだ実体の無い架空の情報に形
と命を吹き込むとき、魂の糧がす
こしづつすり減っていきます。
人間は何かを知ることでそれを
自分たちのものとし、反対にそれ
に縛られ、所有されます。
私たちはパソコンやテレビ、マスコ
ミなどからまったく無縁では生きて
いけません。
そうして私たちは群れの一員とな
り、生きる意味を薄めていきます。
魂の感覚は伝えられるものではあ
りませんが、何かに心を奪われて
魂を失ったり、腐らせてしまった人
に、私たちは嫌な感じ、不潔なも
のを見る感じがします。
誰でも持っているけれど、ふだん
は意識することのない感覚です。
今回ベルリンでまたこの感覚を強
く自覚しました。
「ベルリンは楽しかった?」と聞か
れたら、なんと答えるでしょうか。
楽しいとも、楽しくないとも感じま
せんが、そこで短い時間でも切実
に抜き差しならずにいました。
ただあの場所に、あの教会がある
限りは、ベルリンは私の魂の故郷
のひとつだと言えます。
ここまで書き終えて、やっとベルリ
ンに行ってよかったと思えるように
なりました。

ベルリンの青い空 番外その2 ベルリンでのカード事情

ベルリンの青い空 番外その2
ベルリンでのカード事情

ベルリンに持っていったカードが
3枚とも使えませんでした.
現金が主役のベルリンで必要に迫
られキャッシングを何度か試みまし
たがダメでした.
帰国してアマゾンで買い物をした
ところ普通に使え,ロックもされて
いませんでした.
それでどういうことなのかと少し
調べましたので,何かの参考に
なるかと思いご報告します.
まず一般的にカードは使えるらし
いのですが,ドイツの規格のもの
とインターナショナルなものは,大
きさも違い読み取らないことも多く
あるということでした.
何度も操作を繰り返すと読み取る
こともあるということです.
私の場合は少し事情が違いまし
た.
3枚とも義理でりそな銀行で作っ
たものだったのですが,最初から
キャッシングができないようななっ
ていました.
VISAやMASTERSなのですが
裏にcirrusやPLUSと記載してあ
るものはキャッシング不可なので
す.
今銀行は,低金利時代で企業に
貸し出してもあまり利益になりませ
ん.
預けられても迷惑という状態です.
その中で利益がとれるのが,よく
宣伝している個人向け貸付ローン,
銀行版のサラ金です.
ですからそちらに誘導するように,
カード会社のキャッシングをできな
くしているようなのです.
私の様に海外で困ることの無いよ
う,旅行に行かれる方は要注意な
のでお気をつけ下さい.

ベルリンの青い空 その10 空港に見るお国柄

ベルリンの青い空 その10
空港に見るお国柄

日本からドイツへの移動はオラン
ダのKLM航空でした。
そして帰りはスペインのイベリア航
空です。
海外渡航暦の少ない私ですが、
違う国を経由することでパスポート
に押された印が一度でかなり増え
ました。
そして違う国の空港で、その国の
お国柄が感じられ興味を覚える
ことが多くありました。
オランダでの経由地アムステルダ
ム・スキポール空港でまず驚かさ
れたのはトイレです。
小便器が壁から斜めに突き出た
壺のような形のものです。
そして注ぎ込むように用をたせば、
こぼしたり周りを汚したりしないよう
な極めて合理的なものです。
問題なのはその高さです。
私は身長178cmで日本人としては
大きいほうですが、その私でやっ
とちょうど位の高さです。
背の高いオランダ人用にできてい
るのでしょう。
背の低い人はつま先立ちになるか、
上を向けて用を足さなければなら
ないという、かなり厳しい状況に
おちいります。
連載の最初にも書きましたが、チ
ケットにゲート番号の記入がなく、
電光掲示板の案内もなかったた
め、飛行機に乗り遅れそうになり
ました。
何人かの現地のスタッフに聞くと
みな親切に答えてくれるのですが
解決策は見つかりませんでした。
KLMのオフィスで交渉した人も
何箇所かに電話してもらちがあか
ず、最後に日本人スタッフに電話
がつながりました。
結局この人が飛行機に直接電話
して止めてくれたようです。
今までの人たちはきっと真面目に
マニュアル通りに組織の縦の情報
確認しかしていなかったのでしょう。
日本人の女性スタッフは多分トラ
ブルの解決が仕事で横との関係
もとれたのだろうと想像しています。
オランダ人の愛想がよく真面目で
すが、決して自分の責任の範疇を
越えない堅実な気風を感じました。
他の職分を侵しませんが、リスクを
とらず融通も利かないのです。
このスタッフには本当に感謝して
います。
声を聴くとだいたい誰だか分かる
私ですが、話し方や声が晴屋の
お客さんととても似ていたので、
思わず顔まで思い浮かべてしま
いました。
帰りのイベリア航空は朝7時半の
出発です。
日本人の常識として2時間前には
空港に着いていなければと思い、
5時にはベルリン・テーゲル空港
のイベリア航空のカウンターに到
着しました。
ところが二、三人が椅子に腰掛け
ているだけで、明りも消えたままで
す。
5時半になってやっとスタッフが
現れ、もうすこしで始めるからと言
いました。
列も作らずに人が集りはじめます。
手続きをすませるとカウンターの
横に簡素なアルミのドアがあって、
そこを通るといきなり出国審査と
荷物と身体の検査、そしてその
すぐ先に搭乗ゲートがあります。
なんというシンプルさ。
最低限の動線と手間ですむ合理
性はさすがドイツです。
スペインのマドリード空港は意外に
広く、乗り換えのゲートまで23分
と書いてあります。
表示にしたがってひたすら歩くと、
今度はいきなり電車に乗り、10
分ほども走ったでしょうか。
着いたホームからエスカレーター
を上がるとそこがスペインの出国
審査でかなり混みあっています。
左の方しか開いていなかったのが、
今度は右も開きはじめると、みな
列やロープなど無視していっせい
にそちらに向かいます。
ドイツや日本では見られない光景
です。
次は私の番になった時、後ろから
優先レーンを通ってきた車椅子の
人がきました。
「どうぞ」と先に通して、次に窓口
に私が向かいました。
パスポートを開け、チケットを見せ
ますが、ろくに見ずにスタンプを
押して、もういい行けという仕草で
す。
その間、約2秒。
写真くらいはもしかしたら見たかも
しれませんが、名前やチケットの
確認はできなかったでしょう。
日本人みたいだからまず大丈夫
そうとか、さっきの車椅子を先に通
した様子を見ていたということがあ
るかもしれませんが、日本だったら
確認する振りくらいはするでしょう。
そんなこともしないおおらかさに、
スペインがすこし感じられました。

ベルリンの青い空 その9 ふたつのコンサート

ベルリンの青い空 その9
ふたつのコンサート

今回ベルリンに行くことを決めた
理由の最大のものは、どうしても
聴きたいと思っていたコンサートが
二つもみられるということでした。
それも同じ日に重なっています。
一時間の間隔はありますが、電車
では乗っているだけで1時間10分
かかり、乗り継ぎが悪ければ1時
間半かかるでしょう。
当初はタクシーを飛ばして40分で
着くというシナリオを想定していた
のですが、現金もなく、カードも使
えない状況ではどうしようもありま
せん。
どちらかを犠牲にしなければと覚
悟を決めながら、最初のコンサー
トの地ノイエンハーゲンへ向かい
ました。
私は室内楽が好きです。
微妙なニュアンスやひとりひとりの
創意や工夫がそのまま音楽に反
映されます。
その違いに悦びをみいだします。
CDで聴くライプチッヒ四重奏団は
切れば血のでるような緊迫感のあ
る演奏で、ライブではどこまでやっ
てくれるのかとても楽しみにしてい
ました。
電車で30分も走るともうすっかり
農業地帯です。
広々とした畑の間に点々と家がみ
えます。
駅を降りても商業施設は2件のレ
ストランのような、日本でいえば居
酒屋のような雰囲気の店があるだ
けです。
駅から歩いて5分ほどあるホール
は赤と白のモダンな雰囲気で、こ
の地区の文化の象徴なのだと感じ
ました。
中に入るとすっかりお喋りの花が
咲いています。
席に着くと入ってくる人たち全員が
知り合いのようで、握手と、キスと、
抱擁の渦です。
その中で私はひとりポツンとしてい
ますが、向こうも何も気にしていな
いので、気楽にしていられます。
ブザーが鳴り、照明が落ちてもま
だお喋りはやまず、団員がでてき
てやっと静かになりました。
もう少し若いイメージを持っていま
したが、腹のでた立派なおっさん
たちでした。
最初はモーツァルト、次にドボル
ザークと有名曲が続きますが、い
っこうに乗れません。
形は一応整ってはいるものの覇気
がまったく感じられません。
休憩をはさんで後半はブラームス
の予定です。
演奏が終わるとまわりの人たちは
全員が一斉にロビーに向かい、ま
たワインとお茶とお喋りの洪水。
これはもう駄目だと諦め、ひとり会
場を後にしました。
彼らの楽しみをどうこう言うつもりは
ありませんが、こういうエンターテ
イメントは私には芸術とは感じられ
ません。
早く出たおかげで、次の会場の
ベルリン・フィルハーモニアには
時間前に着くことができました。
複雑な作りの会場なのですが、係
りの人が要所に立って丁寧に教え
てくれます。
洗練された物腰と訓練された的確
さで気持ちよく席に着けました。
同じベルリン市内とは思えないよう
な雰囲気の差です。
ベルリンフィルの下部組織に属す
る若い演奏家たちによる現代音楽
で、指揮は常任のサイモン・ラトル。
間違いなく現在最も才能にあふれ
た指揮者です。
抜群のリズム感と優れた色彩感覚、
そしてそれを伝達する才能をあわ
せもっています。
演奏は本当に素晴らしいものでし
た。
ラトルは明確に場を変えるような
強い指示はだしませんでした。
何の修正もなしに音楽は立ち上が
り、歌いだします。
音楽の神・ミューズが降り立ってい
ます。
余程の練習をつみ、そしてもって
生まれた才能ももつ人たちなのだ
と感じます。
ただラトルの背中はひどく疲れて
みえました。
今日はベルリン・フィルの正規の
演奏会の後の二度目のコンサート
だというせいもあるかもしれません。
けれど私にはベルリン・フィルのシ
ェフという位置の重責があるように
思います。
演奏する団員たちだけでなく、多
くのスタッフや、愛好家たちにまで
良質の音楽と夢とプライドと豊かさ
を保証しなければなりません。
前任者のアバドも病を得て、退任
しました。
ラトルは早めの決断をし、ロンドン
交響楽団の常任に移るそうです。
ロンドンからベルリンに来たアバド、
ベルリンからロンドンいくラトル。
因縁のようなものを感じますが、こ
れからの活躍を願わずにはいられ
ません。
それにしても欲張ってふたつのコ
ンサートのチケットを手に入れて
おいて本当に良かったと思いまし
た。
深夜のコンサートが終わってホテ
ルに帰るとパンが3枚とチーズが3
切れ、萌が置いていったバナナが
一本残っています。
パン1枚とバナナを出発の日の朝
食にとっておいて、パン2枚とチー
ズ2切れ、最初の日に買ってあっ
た残りのフルーツ入りの甘いビー
ルを開けて、ベルリン最後の夜を
静かに過ごしました。
無ければ無いでなんとかなって、
それなりに楽しめるものです。


ベルリン郊外の夕暮れ

ベルリンの青い空 その8 ベルリンでの貧困生活

ベルリンの青い空 その8
ベルリンでの貧困生活

ベルリンからハンブルクへ飛行機
の到着場所が変更になったため、
ドイツ版新幹線のICEインター・シ
ティ・エクスプレスの臨時出費があ
ったり、メンバーたちへのおみやげ
を買ったりしたため、ベルリン到着
の二日目には手持ちの現金があ
まりなくなってしまいました。
それでカードでキャシングを試み
ました。
ドイツはまだまだ現金優先の社会
のようです。
高額紙幣は小さな店では断られる
ことも多く、カードも敬遠されたり、
実際に使えないことも多くあると聞
きました。
チップも必要です。
ところが何度やってもできません。
ドレスデンにいる萌に電話で問い
合わせてみると「そういうことは割
りとあるけれど、機械に種類がある
から、他のものも試してみたら」と
言われやってみましたが、VISA
やMASTERSなどのインターナ
ショナルなカードで別に変な履歴
はないのにもかかわらず、やはり
3枚持っているカードがすべて、
他の機械でも使えないのです。
ドイツでは規格の違う小型の銀行
カードのようなものがあり、それが
主に使われているそうなのです。
何度かトライしているのでもうロック
がかかって、普通には使えない状
態になっているかもしれません。
お店に行って試してみることもで
きません。
現金の手持ちは少ないですし、ス
ーパーで後ろに人が大勢並んで
いる時にカードが使えずにまた品
物を返しに行く状況など、考えた
だけでぞっとします。
手元にある50ユーロと日本円380
0円ほどでなんとかするしかありま
せん。
帰り道から逆算していって、パスモ
を置いてきてしまったことに気づき、
成田エクスプレス等の料金をネット
で確認し3500円必要と分かりまし
た。
また帰りの便のイベリア航空は食
べ物と飲物が最低限しかでてこな
いことも知っていました。
実際マドリードから成田まで15時
間ほどのフライトの間に、焼きそば
と小さなパンにほんの少しだけの
野菜が少しの夕食と、サンドイッチ
とヨーグルトだけの朝食、そしてそ
の時だけでる飲物が渡されるすべ
てでした。
そのため空港での昼食と水を買う
ために20ユーロ必要です。
まだ孫の一人におみやげを買っ
ていませんでした。
そしてどうしてもファラフェルという
ひよこ豆のコロッケも食べたいと思
っていました。

ファラフェル・アッレ(全部?おかずいろいろという意味かも)食べかけて思い出して撮影しました.香ばし焼いたパンが付いて6ユーロほどでした.ソースはチリソースとヨーグルトソースが付いています.
そうすると一日3ユーロ、日本円で
350円ほどで暮らさなければなり
ません。
貧しいのには慣れていますが、
食べ物が自由に手に入らない状
況というのは、私のような仕事をし
ている人間には通常ありえません。
必ず残りものや食べなければなら
ないものが目の前にあるのです。
ビオのマーケットに行って日本よ
り圧倒的に安いのはパンとチーズ
です。
どちらも2ユーロでおつりがきます。
それにレタス等の野菜を買って、
それだけの食事を3日間、ほぼ3食
続けました。
美味しいのでそんなにわびしさは
感じませんでしたが、美術館など
の入館料が必要なところへはいけ
ません。
ベルリンでレコードをさがすのが
旅のひとつの目的でしたが、実際
には買うこともできません。
それでもいちおう、見学に行って
みました。
価格は比較的安めなのですが、
品揃えが思ったほど日本とは変わ
らず、特に欲しいと思うものはあり
ませんでした。
なにかどうしても欲しいものがあっ
たら、一日食事を抜いても仕方な
いかなと思っていたので少し安心
しましたし、思いを残すこともなく
なりました。
最後の日はコンサートが夜にふた
つありますが、昼には時間があり
ました。
特に行きたいところはなかったの
ですが、浮んできたのは一昨日
行ったシオン教会の姿でした。
地下鉄とトラムを乗り継ぎ到着す
ると、この日は市の職員かボランテ
ィアかは分かりませんが、入り口に
緑のジャケットを羽織った男の人
がいます。
「入っていいか?」と聴くと「OK!」
と言うので中に進みます。
装飾は少なく、シンプルですが静
かで、澄んだ気が流れています。
何事もなかったのではなく、幾多
の出来事と時間の経過が育んだ
芯の強さと動かない視点を感じ
ます。
ステンドグラスから感じる外の陽の
光も、内部までは届いていません。
しかし、自らが光となろうとした決
意が結晶しています。
私にはこれで充分でした。
外にでると大きな雲がダイナミック
にベルリンの空を渡っていきます。
私には厳しかったベルリンですが、
最後にやっと微笑んでくれたよう
でした。


ベルリンの青い空 その7 シオン教会

ベルリンの青い空 その7
シオン教会

落ち着いたたたずまいの家並みを
進み、少し細くなった道路を右に
曲がると、その教会は突然に姿を
現しました。
教会の多いこの地で、大きさや形
など特に個性を感じさせるもので
はありません。
目的地はその先の店なのですが、
なぜか吸い寄せられるように身体
が教会へと向かいます。
顔には微笑が浮び、胸の奥で何
かが共鳴して高鳴ります。

全体が黄土色の煉瓦で被われて
いますが、風雨にさらされ黒くく
すんでいます。
建物であるより、年月を経た古木
がひっそりと立っているようです。
こんな美しい建物は見たことがあ
りません。
死んではいない、けれども生きて
いるともいえない、この世のもので
あることを超越しているようです。
幾多の悲惨や絶望を通り過ぎなが
らも、それでも理想を失わない凛
とした姿勢を感じます。
災いに削りとられながらも、消えず
に残ったいとおしいものたち。
水晶のように結晶した思いは、今
何を感じているのでしょうか。
シオン教会が、東ドイツの変化に
大きな役割を演じたということだけ
は知っていました。
そして、政治という泥臭いドラマの
もっと深いところで人間とつながっ
ているように感じます。
東ドイツではひどい環境汚染に悩
まされていましたが、それを公に
抗議することはできませんでした。
チェルノブイリ原発の事故などは
話題にすることさえ許されません。
そんな中、この教会の地下で信徒
や学生による「環境図書館」という
グループが結成されます。
やがて新聞まで発行されるように
なりますが、秘密警察シュタージ
の知るところとなり、メンバー7人
が逮捕されてしまいます。
翌朝から抗議の意をあらわして、
環境新聞や教会の関係者が現場
に立ち続けます。
やがて他の反体制グループや住
民もその輪に加わり、その様子は
西側のマスコミによって、全ドイツ
に知れ渡ることとなります。
騒ぎの大きさに当局はメンバーを
釈放し収束をはかりますが、その
輪は東ドイツ全体に広がり、それ
が平和的にベルリンの壁が崩壊
するきっかけとなりました。
「シオン」とはエルサレムの旧名で、
約束の地ともとらえられます。
彼らには約束の地が見えていたの
でしょうか。
私が同じ立場なら何ができるかと
問いながら、胸に熱いものが流れ
ます。
雲の合間に青い空が現れ、黒くく
すんではいてもやや黄色みがか
った茶色の尖塔は、強い存在感を
持って空に向かいます。
すでに拳を振り上げる時はすぎま
したが、まだ理想を求める思いは
残されています。
はじめて見るのに、何故か昔か
ら知っているものに会ったような、
暖かく懐かしい感覚が続いていま
す。
この教会を見るためだけでもベル
リンに来た意味があると思えました。

ベルリンの青い空 その6 ベルリンの自然食品店

ベルリンの青い空 その6
ベルリンの自然食品店

ドイツでは有機はBIOと呼ばれ、
しっかりと生活の中に定着してい
るようです。
ごく普通のスーパーの中にもBIO
と表示されたものも多くみかけられ
ます。
私の泊まっていたホテルから5分
ほど歩いたところにもそうした店の
ひとつがあり、毎日のように行って
買い物をしていました。
LPG BioMarktエルぺーゲー・
ビオマルクトのLPGは美味しくて、
安くて、健康というドイツ語からとっ
ているそうです。
晴屋はキャッチフレーズになる言
葉が見つからず、苦労しています。
「おやけ晴屋」では様になりません。
頭文字で表現できる言語をうらや
ましいと思いました。
ベルリン市内にのみ店舗を展開し
ているチェーン店ですが、半径200
km以内の産物を仕入れるという
明確なポリシーを持っています。
会員制をとっていて、会員は割安
に購入することができます。
もうひとつの大きなチェーン店は
Bio Companyビオ カンパニー
というお店で市内で何度も見かけ
ました。
ロゴの緑がとても印象的です。
地域で生産されたものにこだわり、
自主ブランドもあります。
品揃えはあまり違うとは感じられま
せんでしたが、この二つの雰囲気
は大分違いました。
整然としてクールに仕事としてこ
なしている感じのビオ・カンパニー
に対して、ビオ・マルクトは少し雑
然とした雰囲気ですが、全体に勢
いがあります。
都会的で洗練されたビオ・カンパ
ニーに対し、野生的で生活感のあ
るビオ・マルクトという感じです。
私個人としてはビオ・マルクトによ
り親しみを感じました。

クロイツベルクは革新を好む土地
柄で、ビオを好む人が多い地域な
のだそうですが、そこで1978年か
ら営業しているのが、Kraut und
Rubenクラウト ウンド リューベ
ンです。
広さは晴屋と同じくらいで、スーパ
ー形式のチェーン店よりはかなり
小さめです。
暖かく、柔らかな雰囲気で、店の
すみずみにまで気が行き届いて
います。
お客さんもとだえることにくやって
きて、しっかりと地域に根を下ろし
ているのを感じます。
私が見た中では晴屋に一番近い
ものがありました。
「私は日本で自然食品の店をやっ
ています」と言うと、「うちは38年
やっています」と言うので、「うちは
36年、チッ」と言って指をならし少
しうけをねらうと笑ってくれました。
もう一店、印象的だったのが、ノイ
ケルンにあるBio Sphareビオ 
スフェーレです。
ベルリンの郊外のノイケルンはま
だ鍛冶屋がある昔の村のイメージ
が残る場所です。
低所得者が多いこの地域でこうし
た店はなりたちにくいのですが、
あえて開いていることに心意気を
感じます。
ドイツでは髪の短い人が多く,長
いのは芸術家か浮浪者の類です.
ひげ面もまず見かけません.
見かけたオーナーらしい人は長
髪で無精ひげを生やしています.
往年のロッカーのような渋い凄み
を漂よわせており,筋の通った年
季を感じます.
店も小さく、品揃えも平凡なのです
が、ビオの製品をぜいたく品では
なく生活必需品として扱おうという
その姿勢に共感しました.