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今、この一枚  その7.目覚めよ!! ポゴレリチのチャイコフスキー

今、この一枚  その7.目覚めよ!!
ポゴレリチのチャイコフスキー

イーヴォ・ポゴレリチという名前はずっと以前から知っていた。
天才であり、超美形であり、数々のエピソードが語り継がれ、世の注目
を集めている。
多くの人の支持を集めていて、別に私が聴かなくてもいいだろうと、流行
ものを嫌うへそ曲がりの性分から敬遠していた。
最近よくショパンを聴くようになり、私の好きなアバドと共演した協奏曲
があるので、これも勉強と思い代表的な演奏を集めた2枚組のCDを取
り寄せてみた。
切味があって、耳障りの良い、少し軽い音楽を予想していたのだけれ
ど、見ると聴くとは大違いだった。
音は常に切実でうわついたところがなく、瞬間で私の心を鷲づかみにし
た。
そしてどこを聴いても個性を感じるほどにポゴレリチの感性が刻まれて
いるのに、わざとらしさや取って付けたような恣意的なものがなく、純粋
で濁りがない。
自らの心の狭さや人間性の小ささを自覚し恥ずかしくなるほどだ。
ポゴレリチが世の注目を集めるようになったのは、80年のショパン・コン
クールの本選から落ちたときからだった。
審査員の1人で65年の優勝者でもあるこれも天才中の天才マルタ・ア
ルゲリッチが抗議の意思を示し、
「彼こそ天才よ」と言ってその場をたち去り、審査員を降りてしまった。
その知らせは瞬く間に世界に広まり、一夜にしてスターになってしまった。
落選には旧ユーゴスラビア、現クロアチアの政治的状況も関係してい
たともいわれるが、ポゴレリチは若いときから社会活動にも積極的で、コ
ンクールや基金を創設し、国連の活動にも携わっている。
またコンクール直後に当時23歳だったポゴレリチは21歳年上のピアノの
師アリス・ケゼラーゼに熱烈に求愛し結婚に至り、16年後の妻の病死
まで公私をともにした。
さらにその4年後には父も失い、重度のうつになってしばらく活動を休
止していた。
とてもドラマチックな経歴で、私のような凡人には遥かに遠い存在とい
える。
けれど彼がつむぐ音は、まったく異なるくらしをしている私たちの胸を
うち、迫ってくるものがある。
まず気がつくのは一音一音にこめられた集中力の凄さだ。
そこにその音がある必然性をすさまじいエネルギーで描き、あばきだそ
うとしている。
フレージングは時として独特のふくらみがあり、旋律が単なるリズムや
メロディーでなく、自足する生き物であるように独自の軌跡をえがく。
ピアニシモと指定されたところを最強音で演奏する場合さえあるが、必
然としか感じられない。
また時にはグサッと刺さる鋭く急所を突く一撃も使うが、美しさが損なわ
れることはない。
いやそれどころか、これほど美しいものがないと感じる瞬間が、次々に
展開していき、めくるめく絵巻物を見ているようだ。
まったくもって天才というしかない。
その才能の割には録音は少ないが、14枚すべてが傑作といえる。
ショパンでは求心力で純粋に結晶した叙情を表現した。
ベートーベンでは降り注ぐ光の中に生きる充実を奏でた。
普通はスペクタクルのような強靭な音で弾かれるムソルグスキーの展覧
会の絵が、これほど美しい音楽であったとは知らなかった。
妻の死を悼んで捧げられたスカルラッティでは大人の哀愁と息の長い詠
嘆、そして何より美を美として感じる生きる意味が表現されている。
バッハには言葉もない。
今回その中でおすすめするのは、チャイコフスキーのピアノ協奏曲だ。
指揮は私の好きなアバド。
けれどこれはいつものアバドではない。
決して自己主張せず沈黙や謙虚を愛し、相手に合せて音楽を作るアバ
ドがで出しの最初の一音から弾けている。
いきり立っているようにすら感じる。
冷静なのはむしろポゴレリチの方で、ゆったりと悠然と音を奏でる。
決して強い音、割れた音を出すことはないのに、その感情の表現力の
振幅は限りなく広い。
それに触発されたアバドが濃厚な表現で応える。
耳慣れた音楽から切れば血のでるような切実な音があふれ出る。
ジャケットの写真はタキシードを着たポゴレリチが客席でゆったりと構え
ている。
このギャップには本当にやられる。
ポゴレリチの音はけっして酔うことができない。
聴くものにも緊張と覚醒を要求する。
春のぼうっとした私たちの心と感性にひと鞭いれ、自分をとりもどすに
はぴったりの音楽だ。
多くの人の倦んだ感性をリセットし、足元を見つめなおす機会を与えて
くれる世に稀な音楽と思う。
この協奏曲は3種類のCDに入っている。
単体のもの、先ほどの2枚組みのベスト盤に入っているもの、14枚全て
の録音の入ったボックスだ。

CDで聴くアバドの音楽と変遷  その2

CDで聴くアバドの音楽と変遷  その2
ベートーベンピアノ協奏曲第4番他 ベルリンフィル 1992年
憧れのフルトベングラーの楽器ベルリンフィルを手にしたアバドだったが、
恰幅の良い王道を目指したような演奏は、以前のきらめきは影を潜め、安
定感はあってもスリリングな瞬間は少なくなっていった気がしていた。
それでも親友ポリーニと演奏したこの曲にはある種の緊張が漂っている。
いつものアバドらしからぬ切迫感の中に、何かあせりのようなものを感じる
のは、私だけだろうか。
ベートーベン交響曲第6番「田園」他 ベルリンフィル 2001年
アバドは実力の割には、評論家やコアな音楽マニアたちからは評価されて
いなかったかもしれない。
アバドの演奏には人生の澱や感情の屈折が感じられない。
常にこの世に生きる喜びを歌っている。
自らの内なる傷や葛藤への共感やカタルシスを求める人たちにとっては、
もうひとつ物足りないという感じを起こさせるのだろう。
もちろん現実にはないものを芸術に求めるのは当然だけれど、アバドは
巨大でロマンチックな自我意識でなく、等身大の人間の喜びや肯定を音楽
に求めた。
このベートーべンも、音の威力や厚みで人を圧倒するのでなく、私たちと
同じ今を生きる人間としての目線で捉え、表現している。
最新の古楽のアプローチも取り入れ、編成を減らしてべリンフィルから室内
楽的といえる音を導き出している。
胃癌の手術後の痩せた病み上がりの姿は痛々しいが、内から湧き出る情熱
は輝きを増し、私たちを感動に誘う。
バッハ ブランデンブルク協奏曲 モーツァルト管弦楽団 2007年
アバドがバッハを指揮したと知ったとき、正直言って意外に感じた。
それまで結びつきを感じたことはなかったけれど、ペルゴレージの「スターバ
トマーテル」などでも静謐な演奏を残していているのだから、古い音楽に対
する志向もあるのだろう。
このバッハは、なんとも豊かで伸びやかで、愉悦に充ちた音楽だ。
少ない人数の演奏家の質も驚くほど高いけれど、それを小さな動きで統御
するアバドの視線が素晴らしい。
10種類はあるだろう同曲の私のアルバムのコレクションの中で一番のお気に
入りになってしまった。
マーラー交響曲第9番他 DVDルツェルン祝祭管弦楽団 2010年
アバドが最も愛し、親近感を持った作曲家はマーラーではなかったか。
若いときから数多くの名演奏、名録音を残してきた。
現代の葛藤や病理、半面での幼児的な憧れ音に化したマーラーの音楽は
人によって解釈も様々だ。
どちらかというと心のひだを濃密に表現したダイナミックな感情表現か反対
にクールに様式を明確にする知的な表現が多く、時にグロテスクであった
り、末端肥大で退廃的であったりする。
けれどアバドはいつも上品で洗練されている。
ドラマチックに音を鳴らす瞬間はあっても、いつも明るい光に包まれている。
そして歳を重ねるにつれ、よりニュアンスを重んじたものになってきた。
アンサンブルを締め上げた窮屈な音を嫌い、オーケストラの団員の自発性を
引き出して、伸びやかな表現を聴かせる。
微妙なうつろい、ニュアンスの変転、そして豊穣の後の動かしがたい静寂。
長い長い沈黙の後の地を揺るがすような圧倒的ブラボー。
生きる喜びをこれほど感じさせる音楽はそう多くはないだろう。
感情だけでなく、精神も共鳴し、言葉にできないなにかが伝わっていく。
精神の不滅と永遠を実感できる瞬間だ。
シューマン交響曲第2番 モーツァルト管弦楽団 2012年
アバドが創設し、手塩にかけて育てたオーケストラは、マーラー室内管弦楽
団とモーツァルト管弦楽団だ。
今まで定評のある演奏を聴いてもいまひとつ心に入ってこなかったシューマ
ンの音楽なのだけれど、この演奏ではじめてその素晴らしさに出会えた。
音が飛び跳ね、ぶつかりながら色や形を変え、常に変転しながら全体として
調和している。
力が入っていないのに力強く、瞬間でありながら永遠であり、アバドであって
だれでもなく、生き物のように音楽が自在に息づいている。
音楽のもっとも輝かしい時を前に、胸が熱くなる。
自分の人生を生ききった者に得られる一切の束縛や執着を逃れた境地、ま
だ至らない私にとっては天国とも感じられるような、自在の境地がある。
死を意識せざるをえない状況のアバドだったが、ここには恐怖や影はない。
この世でよりよく生ききることを欲し、それによって多くの人の心に灯を点した。
芸術家として永遠の美を求めながら、潔く今を生きる喜びを求め、極めた。
アバドにとっても最高の瞬間のひとつだったに違いない。

CDで聴くアバドの音楽と変遷 その1

CDで聴くアバドの音楽と変遷 その1
物静かで沈黙を愛し、謙虚で真摯でだれにでも好かれ、才能と機会に恵ま
れ、全てを手に入れているようだったアバド。
しかしベルリンフィルの常任という世界最高の地位にあるとき、ストレスのた
めか癌を患った。
奇跡的に生還した後は、より輝かしい音楽を作り始めた。
最初は肩に目一杯力の入っていた指揮する姿も、ベルリンフィル時代には
貫禄と余裕を感じさせ、病を得た後は痩せ衰えても力の抜けたより流麗で
洗練されたものとなり、全身全霊で音楽を奏でているのを感じた。
いったいアバドはどこまでいくのだろうかと、毎年発売されるCDを楽しみに
し、息を呑んで後姿を追っていた。
歳をとり、病に倒れた後、身体は衰えても、青年のような若々しさやチャーミ 
ングな笑顔を絶やさなかったアバドはまだまだ頑張ってくれると信じていた。
アバドが亡くなり最初はショックでCDを手に取ることもできないでいたのが、
少し平静に戻り、彼の足跡を見つめることができるようになってきた。
生きる意味を音楽で追い続けたアバドの軌跡を少し追ってみよう。

ドビッシー「夜想曲」、ラベル「ダフニスとクロエ」他 ボストン交響楽団1970年
若き日のアバドを思い出すとき、「ピアニシモの鬼」という言葉が浮んでくる。
大げさで濁った音を嫌い、フォルテの強い表現でなく、弱音の美しさと繊細
な表情で勝負しようとしていた。
素直な伸びやかさとともに、アバドの個性といえる沈黙の美学を満喫できる。
強い緊張の糸に導かれた音が屹立し、また次の音が新たな緊張を生む。
才気走った演奏だけれど、決して嫌味にならないのがアバドの持ち味だ。

ロッシーニ序曲集 ロンドン交響楽団他 1972年
鞭のようにしなやかにしなり、絹糸のように艶やかで滑らか。
一見、陽気で脳天気な音楽に思えるロッシーニのうちにある、モーツァルト
にも匹敵するような繊細で伸びやかな感性とそれを音で表現する才能の
素晴らしさを、アバドは見事に表現している。
若きアバドのきらめきが曲の華やかな雰囲気にマッチし、他の誰にもできな
い音たちに、音楽の神ミューズも微笑んでいるようだ。

モーツァルトピアノ協奏曲20番他 グルダ ウィーンフィル 1974年
フレキシブルな感性を持つアバドは伴奏も上手い。
気難しいグルダの粘り強く輝かしいピアノに、柔らかなベールのような音た
ちをからませ、音楽に起伏と輝かしい瞬間を作っていく。
これまた気難しいウィーンフィルを完全に手の内に収めているアバドの内
なる強さを感じられる。

メンデルスゾーン交響曲第4番「イタリア」他 ロンドン交響楽団 1985年
育ちが良くて、上品で、性格が良くて、才能も豊かで、誰にも好かれ、何で
もこなしたメンデルスゾーン。
アバドは親近感を持っていたのではないだろうか。
繊細ではあっても決して脆弱ではなく、健全であって力づくでない。
幸せな瞬間が流動し、次の美しい瞬間を導いていく。
ロンドン交響楽団は、ベルリンフィルやウィーンフィルのような明確な個性を
持たないが、ニュートラルでしなやかで、アバドの個性にぴったりた。
この頃のアバドは文字通り「飛ぶ鳥を落とす」勢いがあり、本人も何でもで
きると思っていたのではないだろうかと想像する。
西洋人としては小柄なアバドがとても大きく見えた。
太陽や音楽などを司る神アポロにもっとも近づいた時だった。

ブルックナー交響曲第7番 ウィーンフィル 1994年
アバドはフルトベングラーという指揮者を敬愛していた。
フルトベングラーはドイツロマン主義を体現し、重く、厚く、即興性に富んだ
演奏で、未だに人気は衰えない。
一見、アバドとは対照的なのだけれど、ニュアンスの微妙な変化で音楽を
形作るアプローチを学んだのだろう。
神への信仰を表現したブルックナーの音楽は、一般には神秘性や超越性
などを感じさせるものが多いが、アバドはここでも人の生業、生のきらめきと
して音楽を作っている。
しかし雑多な現実でなく、永遠の美を求める謙虚な憧れが感じられる。
地味なようで、ブルックナーの演奏に新しいページを付け加えた。

今、この一枚  その6.独逸の響き 「ウラニアのエロイカ」フルトベングラー指揮

今、この一枚  その6.独逸の響き
「ウラニアのエロイカ」フルトベングラー指揮

物静かだが、自意識過剰のませてひねくれた中学生だった私は、学校で
教えられることに飽き足らず、本を読み漁り、音楽を求めては、「真理」が
何であるか、どこにあるのかを知ろうともがいていた。
今になってみると霧の中を手探りで進んでいるような、行き方も、行く先
もわからないような毎日だった。
その中での私の光であり、救いだったのが、モンゴメリの「赤毛のアン」と
フルトベングラーの音楽だった。
「赤毛のアン」は、純真であることの素晴らしさを保証してくれているよう
に感じたし、ドイツのロマン主義を体現した指揮者のフルトベングラーは、
人間性のひだと厚みでどんな困難も乗り越えられると訴えているようだっ
た。
高校に入学してからは、ジョージ・セルという指揮者の明晰で透徹した音
楽の表情にひかれるようになったけれど、それでもフルトベングラーは人
間の深い精神性と情動を追及した巨匠として尊敬し、聴き続けていた。
それだけにある日、古い趣の神田の小さなレコード店で、伝説の名演「ウ
ラニアのエロイカ」を見つけたときのときめきと高揚は今も鮮明に覚えて
いる。
第二次世界大戦中、亡命せずにドイツに留まったフルトベングラーは、ナ
チスに協力するというよりは、自分が残ってドイツの文化を守ることで、芸
術を脅かすもの全てに対抗しようとした。
それはもちろんヒットラーに利用され、彼の奏でる音楽はドイツ国民を鼓舞
し、戦争の悲惨な状況を慰める精神的柱となっていた。
ナチスの崩壊後、ベルリンを占領したソビエトによって貴重な放送用の
録音は全て持ち去られ、幻の演奏として辛うじてソ連のウラニアというレ
ーベルから発売され、レアな音源として話題になっていた。
その中でも超絶的名演として名高いベートーベンの交響曲第3番「英雄」
が、「ウラニアのエロイカ」だ。
あこがれてはいたけれどまだ聴いたこともない「ウラニアのエロイカ」が私
の前にあった。
40年前の高校生である私に2000円前後の金額は大きなものだった。
しかし所持金のほとんど全てを出し、アメリカのターナバウトというレーベ
ルから出ていた白い粗末なボール紙に入った海賊盤を、迷いもなく買った。
それは期待通りの素晴らしいものだった。
圧倒的迫力と劇的な波に飲み込まれ、芸術はここまでできるものだと、
人間の可能性に目を見開かされた。
その後は次第にセルの比重が大きくなり、音そのものが有機体のようにふ
るまうのでなく、心の中での陰影を誘導するものに好みがうつっていっ
たけれど、その英雄の音が心から消えることはなかった。
私が三十代後半になってからは完全にCD主体の世の中になり、手持ち
のLPが何度も聴いて痛み、音が劣化していることもあり、私もCD主体
の音楽鑑賞になっていった。
「ウラニアのエロイカ」もそうしたわけで、CDで買いなおした。
しかし、どうしてもあの切迫した表情が聴こえない。
何か空虚な感じがする。
その後も新しいリマスターを何度か買ったけれど、あの表情が伝わって
こない。
これは単にCDとLPという媒体の差なのか、それとも他の要素があるの
か、私の心に長く深く疑問が残った。
そして半年ほど前、「戦時下のベートーベン」という6枚組のCDをみつ
けた。
ソ連が持ち去ったベートーベンの全ての録音が、マスターテープに近い
状態で再現されているという。
もうこれでおしまいにしようと思って注文した。
確かに今までにない細かなニュアンスがダイレクトに伝わってくる。
しかし、あの迫力には及ばない。
ネットで調べてみると、英雄を録音したときのテープデッキの回転が少し
遅かったということが分かってきた。
それを通常の回転で再生すると、若干テンポが速くなりピッチ(音程)も
少し高くなる。
ターナバウト盤のあの迫力はそれが補正されずに入っているためと、音
が割れて歪んでいるためのものであるようなのだ。
私は録音状態の悪さを有難がって聴いていたことになる。
少し、唖然とした。
私の感性など大したものではなく、思い込みでいかようにも聴こえるも
のだと改めて思い知らされた。
しかし、このCDたちには今までにない表情があり、違う魅力がある。
戦時下で生死を分けるようなひっ迫したものでなく、大らかで、柔らかく、
包み込むようでもある。
懐かしさを感じさせる音だ。
その時、これがドイツの響きなのかと腑に落ちた。
ウィーンの華麗で瀟洒なものとも違う。
フランスの雅ですましたものとも違う。
イギリスのクールで透明な美しさとも違う。
重厚で、渋く、ある種の田舎臭さを感じていたドイツの音だが、柔らかな
響きに支えとし、それに積み重なるひたむきな精神のあり方に触れたと
き、ドイツの違う一面に気付かされた。
以前は間が抜けているようでなまぬるく感じていた音が、ひとつの必然と
して私に伝わるようになった。
宗教や権利の自由を戦いによって勝ち取ってきた、血塗られた歴史を
持ち、植民地からの搾取で豊かさを築き上げてきたヨーロッパのあり方に
反感を持っていた私だが、そんな中でもこんな素朴な伸びやかさを持ち
続けることの意味の大きさが分かるようになってきた。
ベルリンの前衛的文化やナチスのようなエリート主義とは違う、地方での
庶民の質実で大らかな生活があってはじめて、高い文化のレベルが維持
されている。
それは日本の、江戸儒教-明治近代政府というお上の文化の流れの他
に、自然と神と人間が一体になった庶民の文化が基層としてあり続けて
いることと共通しているのかもしれない。
こうした多層的、重層的な人間のあり方も、歳を取り始めた私には受け入
れられ、見られるようになってきた。
そして今、「ウラニアのエロイカ」の音は私の心から消え、かわりにベート
ーベンの後期の弦楽四重奏群の渋く、深い音がとってかわりつつある。
自意識とプライドを満足させる高貴な芸術を求めていた中学生だった
私が、もっと身の丈にあった弦楽四重奏の響きに心を満たされるように
なっている。
真理というものも特別なものでなく、日常の中にありえるのだと思えてき
た。
ほのぼのした響きの中に見え隠れする、人の生きる機微が懐かしく、うれ
しい。
壮絶な凄みと、魔的な吸引力で私を飲み込んだ「ウラニアのエロイカ」の
音に引かれて、ずいぶんと遠くまで来たように感じる。
あの音楽体験がなければ、私の人生も今とは違うものになっていたかもし
れない。
(「ウラニアのエロイカ」は1944年のウィーンフィルの演奏によるものです。
東芝EMI、Opus蔵をはじめいろいろなレーベルで発売されています。
「フルトヴェングラーのベートーヴェン~戦時録音集(6CD)」はhmvで、
3770円で手に入れることができます。)

今、この一枚  その5.生きている音  ビル・エバンスTrioビレッジバンガードLive」

今、この一枚  その5.生きている音
「ビル・エバンスTrioビレッジバンガードLive」

数多いジャズの名盤の中でも、最も支持されているものとして、ビル・エ
バンスTrioの「ワルツ・フォー・デビー」が第一に挙げられるだろう。
手にとってまず、ジャケットの美しさに心惹かれる。
夕映えのようなバイオレット色の中に若い女性らしいシルエットが、ソフト
フォーカスで浮かんでいる。
爽やかでセンシティブなデザインは、音楽とぴったり合っていて、雰囲気を
増している。
「ワルツ・フォー・デビー」は2曲目で、エバンスの姪に捧げられた曲だ。
愛らしく伸びやかで流れるように展開し、若い芽の無垢な勢いが感じられ
感動的だ。
それまでの熱さ、重さ、激しさを競っていたジャズに新しい可能性と方向
を指し示した。
奇抜ではないのに、真に革命的画期的な演奏だ。
このアルバムからジャズに目覚めた人も多い。
私もその一人だ。
クラシック以外にはあまり聴かなかった私も夢中になり、しばらくはジャズ
にすっかりのめり込んだ。
大学に入学し、秋葉原のオーディオ店で働き始めて、大人の世界や都会
の面白さに浸り、世の矛盾は感じながらも、自分の楽しさを追及し始めた
時期だった。
ジャスのメッセージ色の強い意思性、自己に向き合い追い詰める厳しさ、
根源的なエネルギーの解放など、尽きない興味を与え続けてくれた。
ジャズミュージシャンの知的で感覚的、常に抜き身で開放的な生き様は格好
よくて、憧れだった。
それによってクラシック音楽の聴き方も変わり、ある意味で生き方も変わっ
たかもしれない。
実はこのアルバムには姉妹盤があって、「サンデー・アット・ザ・ビレッジバ
ンガード」という。
何れも1961年の6月25日の日曜日のビレッジバンガードというライブハウス
での演奏から編集されている。
共演しているのは先日なくなったドラマーのポール・モチアンと不世出の
ベーシスト、スコット・ラファロだ。
ラファロのプレイスタイルは当時画期的なものだった。
リズムやコード進行を維持し、音楽を下から支える縁の下の力持ち的だっ
たベーシストの地位をラファロは一息に超えた。
コードやメロディーを先行したり、後追いで余韻を与えたり、またある時は
高く飛翔し、時に重く沈みこんで深みを与える。
あまりに新しいスタイルで非難されることもあったが、当時を代表するベー
シストのレイ・ブラウンは支持していたという。
しかしそれ以降、みなラファロのスタイルを踏襲しレイ・ブラウンのスタイル
は古いものとなってしまった。
けれどわずか十日あまり後、7月6日には交通事故でこの世を去った。
一気に駆け抜けた天才の証がこの録音には刻まれている。
彼の追悼盤としてラファロ中心のものが「サンデー・アット・ザ・ビレッジバン
ガード」として出され、その対になるものとしてエバンスのプレー中心のもの
が「ワルツ・フォー・デビー」にまとめられた。
そして最近完全版として、その日に収められた全セッションを収めたCD
が発売になっている。
昼の部2セット、夜の部3セット、それぞれのセットに数曲づつ収められ
3枚のCDになっている。
これがとても素晴らしい。
リマスターし直した音の粒立ちの良さもさることながら、演奏の自然な流れ
は、編集して一面にスポットをあてたものにはえられないものだ。
例えば「ワルツ・フォー・デビー」の1曲め「マイ・フーリッシュ・ハート」の
流動する静的叙情と2曲目の「ワルツ・フォー・デビー」の明るくしなやかな
飛翔の繋がりを絶妙と感じていた私だが、この完全版の演奏を聴いてか
ら、その並びに違和感を感じるようになった。
完全版では、「不思議の国のアリス」の楽しく弾むような音の後に、「マイ・
フーリッシュ・ハート」の沈みこみながらそれでも夢見ようとする詠嘆が歌わ
れ、次の「あなたの全て」の駆け抜けるような情熱がいっそう熱を帯びて感
じられる。
このトリオの演奏は、「インタープレイ」と言われ、共同演奏、相互作用、共
鳴、交錯などと訳される。
対等の関係の中、音が互いに影響しあいながら次第に高みに上ってい
く。
この完全版からはその様子が手に取るように伝わってくる。
この流れに身をまかせた後は、「ワルツ・フォー・デビー」にも「サンデー・ア
ット・ザ・ビレッジバンガード」にも私は帰ることができない。
なじんだはずの曲から新鮮な生まれたてのような歌が聴こえ、私の身体を
通り過ぎていく。
全部で2時間半ほどの時間に多くのことが詰め込まれている。
こんなことをできるからこそ天才なのだけれど、その天才たちでも度々は
できない生涯の最高の演奏の記録がこのCDたちだ。
冒頭の曲でスタッフのミスから停電になり、音が消える瞬間までが、微笑ま
しく愛しく感じられる。
ラファロを失って、エバンスはしばらく演奏ができなくなった。
復活してからも叙情的なプレーを模索したが、このレベルには至れなか
った。
音の間に意味を与える透明な緊張感は後退せざるを得なくなり、思いつ
いた音を効果的に並べる力強い演奏スタイルに変わっていった。
それももちろん素晴らしいものだが、私を含めて多くのファンは、この頃の
エバンスのプレーを愛している。
この目まぐるしく変転する白熱と何物にも捉われない飛翔こそジャズだと
私は感じる。
音の深さと、聴く喜びをこれほど強く感じさせてくれるアルバムは数少ない。
人は死んでいくが、音は生き続けることができる。

今、この一枚   その4.若々しい老い 「アバドのマーラー4番」

今、この一枚   その4.若々しい老い
「アバドのマーラー4番」

清清しい高原の夏の朝を思わせる透明な音が紡がれる。
朝露に光があたり、生まれたてのような草の緑を映し出す。
日々の澱は洗い流され、今また世界が始る。
クラウディオ・アバドが最近録音したマーラーの第4交響曲からは、そん
な情景が見えるようだ。
けれどアバドが若く溌剌としているかというとそんなことはない。
髪も艶や張りがなくなっているし、肌にも明らかな老いの影を感じる。
口元もしまっていないことも多く、指揮棒を持たずに出す指示もどこかぎ
こちない。
それにもかかわらず、出てくる音は他の誰の指揮よりもみずみずしい。
もちろんアバドも最初からこうではなかった。
若いときの指揮する後姿は、力強くしなやかで獲物を追う猛獣のようでも
あった。
その頃アバドは、若手で最も有望な指揮者として期待され、ウィーン・
フィルやベルリン・フィル、スカラ座などと共演し、確実に成果を上げてい
く。
美しい外見と真摯な姿勢で誰からも好感をもたれ、進む一歩ごとに皆が
注目し、本人も努力すれば何でもえられると思っていたかもしれない。
とりわけロンドン交響楽団とは相性がよく、透明感がありながら力強く、
起伏と情緒のある音楽は新しい時代を感じさせた。
その人気と実力を買われ、カラヤン亡き後選考に難航していたベルリン・
フィルの音楽監督に選ばれたのは当然の流れかもしれない。
しかし栄光の頂点にいるここから何かが狂いはじめる。
共演する音楽家たちや楽団員にはアバドを支持する声が多いのだけれ
ど、評論家たちには酷評されることが多くなる。
論調はおおむね、「何も新しいことをしていない」というものだった。
アバドの指揮には無駄な動きがない。
これみよがしなゼスチャーで観客や評論家にアピールする姿勢は皆無
だ。
旋律をよく歌わせながら均整のとれたアンサンブルを積み上げていく。
ウィーン・フィルやベルリン・フィルなどの明確で強い音色を持った個性
的なオーケストラでは、音楽の質は高くても、そこにアバドの姿勢を感じ
させるものにはなりにくい。
クラシック音楽に、強烈なメッセージやカタルシス、人間の感性の厚みや
澱を求める人たちにとっては、アバドの演奏は物足りなく感じる。
私自身もロンドン交響楽団時代のアルバムはいくつか持ち注目していた
が、ベルリンに移ってからはほとんど聴かなくなってしまった。
オーケストラの団員との関係も次第にギクシャクしていったようだ。
アバドも自分の限界を感じていたに違いない。
しばらくして胃がんを患い、ベルリンを離れてしまった。
これは小沢征爾とウィーン・フィルとの関係にとても近い感じがする。
二人ともほぼ同年代で、歴史に新しい風をふきこむことを期待されていた。
小沢もやはり、ストレスのためか癌になってしまった。
そして小沢に斉藤記念オーケストラがあるように、アバドにモーツァルト
管弦楽団とルッツエルン祝祭管弦楽団がある。
何れも常駐のオーケストラではない。
夏のオフシーズンに編成され、集っている。
アバドも小沢も、トップの座に安住せず、若く優れた人たちとよりよい音楽
を目指そうとする姿勢が、彼ら自身の糧となっていった。
反面そうした清新の気概が、保守的な人たちには受け入れられない理由
でもあるかもしれない。
集ってくる奏者たちの質は驚くほど高い。
文字通り、選りすぐりだ。
特にルッツエルンでは、ソリストやベルリンのトップ奏者、コンサートマス
ターなどがたくさん参加している。
世界一流のハーゲン弦楽四重奏団の全員が、弦楽器の一団に混じっていたりする。
そしてなによりすごいのは、そんな超一流の天才ばかりのオーケストラ
で誰一人自己主張の強い表現をしないことだ。
自主的で創造的ではあるが、音楽の全体の流れに寄与している。
音は弱音から最強音まで揃っていてどこにも曇りや濁りがない。
特に弱音の美しさとニュアンスはこれまでのどのオーケストラに聴くことが
できなかった。
最強音も力強さを演出するために割った音を出すオーケストラもあるけ
れど、ここではそんなわざとらしさとは無縁に、音の香気が失われない。
力に頼らない音楽の広大なダイナミズムが感じられる。
アバドの人柄や音楽への姿勢に共感した人たちが、同じ語法で同じこ
とを語りかけている。
それは統一はされていても、画一的だったり、排他的だったり、独裁的だ
ったりはしない。
奏者たちの表情は生き生きして楽しそうだし、一人一人の動きにもそれ
は現れている。
通常のオーケストラだと弦楽器の奏者たち、たとえば第一バイオリンなど
の動きはある程度統一され整然としているのだけれど、ルッツエルンの
場合は一見バラバラだ。
しかしみんなが自分の感興にそった動きをしている。
天才揃いのオーケストラだから、音は見事に一致しているのに、一人一人
の動きがまちまちなのはとても興味深い。
整体法の活元運動に近く、内なる感覚と表現された音の動きが深いレベ
ルで密接につながっている。
見ている私たちもその動きに引き込まれ、なんとも楽しい。
こんな動きを引き出すアバドは、音楽家としても人間としても高いレベル
に達していると思う。
動きは少ないし、細かな指示も多くは出さない。
それが奏者たちへの信頼からきているのは間違いない。
指揮者がいなくても一応の音楽をなりたてさせられる人たちなのだ。
そんなオーケストラを前にアバドがやっていることは、音楽の方向の指示と
集中力の統御だと感じられる。
音楽の表面を磨いて、多くの人に受け入れられ、高く売るなどということ
とは対極にある。
媚びを売るようなこれ見よがしな表現や技術の聴かせどころでのアピール
などはまったく見当たらない。
アバドはベルリン・フィルの第4代の芸術監督だったが、第3代のカラヤン
とは対極に語られることが多い第2代のフルトベングラーと共通のものさえ
感じる。
フルトベングラーは、ブルブルと振るえるような分かりにくい指揮であやつ
り人形のような動きだったが、、出てくる音は団員の集中力と気迫を集め
た、凄まじく素晴らしいものだった。
ある団員が語っていたフルトベングラーのエピソードで、「ある日他の指揮
者でリハーサルをしていた時、突然にオーケストラの音が良くなった。気
がついてふっと出入り口を見るとフルトベングラーが立っていた。彼はいる
だけでオーケストラの音を変えてしまう。そんな人が心を開いて指揮して
いたら私たちもそれに答えざるをえない。」というものがあった。
アバドは若い時、フルトベングラーを研究する会を開いていたと聞いたこ
とがある。
洗練されつくしたアバドの動きは、フルトベングラーとは全く違うものだが、
団員の集中力に訴えて音楽を作るというのは共通している。
そういう意味ではアバドはフルトベングラーの精神的後継者といえるだろ
う。
マーラーは近年、特に1970年以降に人気がでてきた作曲家だ。
20世紀前半に活躍していたマーラーは指揮者としては認められていたが、
作曲家としての評価は低かった。
素直な純真とアイロニー、誇大妄想的憧れと絶望が葛藤をくりかえす交
錯した音楽は、当時の人たちには奇異ととらえられた。
現代の世相を先取りしていた。
そんな複雑な音の洪水のどこをポイントに演奏するかでずいぶんと違っ
たものになる。
人間性の巨大なドラマとして熱く厚くうねるような演奏も可能だし、現代音
楽として分析的に病理を暴くようにやる人もいるし、マッチョにひたすら音
の快感を追及する人もいる。
若い頃からマーラーを得意としていたアバドは、どちらかというと中間派
という感じで、感情を露骨に表現せずに透徹した表現で音の美しさに特徴
があった。
反面、弱音にこだわるあまり、迫力の不足を感じさせることも多くあった。
その傾向は年老いた今でも変わらないが、このルッツエルンのオーケスト
ラからは常に弱音の透明に息づいたニュアンスを期待できるため、最強音
を気がかりなしに使えているようだ。
強い威圧的な音を極度に嫌う、ピアニシモの鬼というイメージのアバドが、
思う存分に旋律を歌わせ、時として瞬間の爆発をリードする様は見てい
る私たちにも心地よい。
死の淵から生還したアバドの喜びが手に取るように感じられ、老いもまた
よいものだなとこちらにも生きる希望がわいてくる。
特にこの第4交響曲は「天上の生活」を表現したものとして9ある交響曲中、
最も平穏な安らぎに充ちている。
アバドの音楽を感じるのに適した曲だ。
バーンスタインがニューヨーク・フィルを指揮したものが私にとってはこの第
4番の特別な演奏だったけれど、ここに聴けるものは音の美しさや精神の
純度からいってはるかに凌駕している。
いい音が出たときに見せる会心の笑顔が、老いた表情を一瞬の間に清清
しく華やいだものにかえる。
深夜これを見終わったとき、私のほほを暖かいものが伝った。
永遠の美を求める情熱を年老いても持ち続けられれば、人は若々しさを
失わないのだと確信できた。
偶然の出会いに必然を引き寄せられる芸術の素晴らしさを再認識した時
だった。
(このDVDは定価3455円です。11月の旬宴の会でかける予定です。)

今、この一枚   その3.人生のゆらぎ 「エラ&ルイ」

エラ・フィッジェラルドは誰がなんと言ってもジャズの女王だ。
しっとりした情感に人が生きる憂いや喜びを歌いこめる。
スキャットではエネルギーを爆発させまるで雷神のように天を駆け巡る。
どちらかだけでもすごいのに、この人は一身に持って両立している。
私は女性の魅力は柔軟性とうるおいの2種類があると思うが、エラは完璧
にどちらも持っている。
しっとり甘い歌声に腰の強い表現が備わったら、もうだれもかなわない。
そして上手いだけでなく、無茶苦茶心根がやさしく性格がいい。
あまりにみんなに評価されるという以外、エラにケチをつけることは難しい。
そんなエラが、もう一人の性格の良い男性黒人ミュージシャンの代表のよ
うなルイ・アームストロングとの共演のアルバムは多数ある。
しかしこれは脂ののりきった二人の傑作中の傑作だ。
傷つき疲れた心を癒し、人の温かさを感じさせて、心に灯をともしてくれ
る。
音楽の魅力を凝縮させたような時が紡がれている。
伴奏のミュージシャンたちがまたすごい。
ピアノはオスカー・ピーターソン、ベースがレイ・ブラウン、ギターはハー
ブ・エリスで、ドラムがバディ・リッチ。
みんながソロとしても一流でリーダーにもなれる人たちだ。
けれど、誰も際立ったプレーなどしない。
この二人の歌うのをにこやかに見ながら楽しんでプレーしている様子が
手に取るように伝わる。
コードを単純に刻んでいるようで、音楽に起伏と流れを作っているエリスの
ギターは玄人の味を感じさせる。
ベースのレイ・ブラウンはいつもの力強いリズムの維持よりは、引き気味に
演奏しているが、時折メロディーを先行する音を忍ばせ、心憎い。
ドラムのリッチも、アフタービートを丁寧に叩いて、音楽に微妙なニュアン
スを加え、良質のスパイスのような味わいだ。
目茶目茶上手いオスカー・ピーターソンだが、スマートで軽身なプレーを
繰り広げる。
一見リズムを無視してコロコロと転がるような音を入れているが、そんな
外し気味の感じが心地よい。
音楽にゆとりと流動感を与えている。
そしてサッチモ(ルイの愛称)のトランペットが要所でいい味を出し哀愁が
ふりまかれる。
それにこの二人のボーカルが素晴らしいのだから、悪いはずがない。
全ての演奏が名演で隙がない。
しかし白眉は6曲目の「テンダリー」だ。
サッチモのトランペットから始るこの曲は文字通り「やさしさ」の極みのよ
うな調べに包まれている。
後半再びサッチモのトランペットとエラの掛け合いになるが、終了直前
最後のフレーズをエラがサッチモの物まねで締めくくる。
それが演出臭くなく、なんとも微笑ましい。
エラとサッチモのお互いの敬愛を感じさせる。
アルバム全体を通じて柔らかさとゆらぎが感じられ、癒し度は満点だ。
生きる楽しさを謳歌して、この上なく幸せな気分になれる。
さて、ここからが問題だ。
こんなに共演する人も、聴く人たちも幸せな気分にしてくれるエラなのだ
けれど、本人が幸せな人生を送ったかというと、どうもそうではないらしい。
生まれて間もなく両親が別れ、母親はニューヨークにエラを連れて行き、
そこで再婚する。
しかし母親は病死し、エラは十代でホームレス生活を始める。
マフィアや売春宿の下働きをして補導されたり、鑑別所に入ったりを
繰り返していた。
初めてのステージが転機となる。
17歳のとき、ハーレムのアポロシアターのアマチュアのコンテストに得意
のダンスで出場しようとしたが、直前のダンスデュオの演技に圧倒され、
急遽変更して歌を歌う。
そのコンテストで優勝してしまい、プロの目にとまりジャズの楽団の専属
歌手になる。
順調に歌手生活を送るが、病気で療養中の楽団長でエラの養父にも
なってくれていたチック・ウエブスのために共作した曲が17週連続で全
米一位となり、スターの仲間入りする。
以来ずっとトップスターであり続けた。
The First Lddy Of Jazzと呼ばれ、皆に敬愛され、グラミー賞を13回受
賞し、学歴は無いに等しいのにプリンストン大学などで名誉博士号をも
らい、ブッシュ大統領からは大統領自由勲章を与えられた。
栄光の座にあり、多くの人を歌声で魅了し、人の生きる喜びと幸福を歌
いあげた反面、エラは孤独であったかもしれない。
ツアーとレコーディングに明け暮れ、「とても恋どころではない」生活が続
いた。
二度の結婚に破れたのも、家庭など顧みられない多忙さのせいもあった
ろう。
その後も結婚詐欺にあったり、好きな男性に家一軒が買えるほどの高価
な腕時計をプレゼントしたなどという話も伝わっている。
あの幸せそうな歌声はどこからくるのか?
音楽や芸術の、そして人生の不思議と謎でもある。
苦渋に満ちた十代での体験は、性格の温かさや大きな包容力、歌を支え
る力として役にはたっているだろう。
私はエラが自分の人生を語る言葉を見聞きしたことがない。
しかしエラが、単に聴衆のためだけに歌っていたとは思えない。
人を幸せにする歌声は、まず自らが幸せでなければ出すことができない。
ステージやスタジオで歌う瞬間、エラは幸せだったに違いない。
それが彼女の人生のほとんど全てであったかもしれない。
自分を表現する喜び、それを聴いて評価してくれる人がいる喜び。
辛い経験は喜びを享受することを教えてくれたのだろう。
ニューオーリンズの不良少年だったサッチモはピストルを発砲して捕り、
収監された少年院の楽団で楽器と音楽に目覚めた。
他のミュージシャンも似たような経緯はあるだろう。
まだ強い黒人差別の中、白人に媚を売っているという逆風さえあったろう。
世に認められ、黒人への偏見を次第に溶かしてきた彼らの闘いと働きの
功績は計り知れないものがある。
荒んだ状況の中から彼らが選び取ってきた人生の結露が音楽になってい
る。
ベースのレイ・ブラウンはエラの二人目の夫だった。
別れてから4年の月日が経っている。
どんな思いで恋の歌を歌っているのだろうか。
複雑な思いをしているのは、日常にゆとりやくつろぎを求めようとする私
たち凡人の発想で、天才たちには彼らの論理があるかもしれない。
それを哀しいと思うか、羨ましいと思うか、痛ましいと思うか、ただ享受し
て楽しむか。
それは私たちの問題だ。
音楽は生きる力を与えてくれる。

今、この一枚   その2.生まれ出る音  「モーツァルト後期交響曲集」

今、この一枚   その2.生まれ出る音  「モーツァルト後期交響曲集」
マッケラスとスコットランド室内管弦楽団

モーツァルトほど完璧な音楽を作れた人はいなかった。
作為や努力の跡をまったく残さず、あるがままのようでありながら、人
の心を誘い出し、過去の思い出をよみがえらせたり、遠い憧れの美
しさをみせたりしてくれる。
いや、そんな人間の生業を通り越し、ただ音に浸るだけで自足して
しまう。
純真な心を持ち、それをそのまま音楽に写し取ることができる唯一
無二の天才だったに違いない。
しかし聴いている私たちも、演奏する人たちも、そのレベルまで純
真になることは難しい。
だからモーツァルトの、「再現された」音楽では演奏する人によって
その心の置き所がそのまま音になり現れてくる。
楽しいおしゃべりのような活気あるもの、内にパトスを秘め悲劇を内
包したもの、天上の調べのような現実世界を通りこした純粋な浄化
を感じさせるもの、喜びを持ちながらもその中に達観やため息をひそ
ませたもの、その他ありとあらゆる感情が表現されうる。
そして聴いている私たちも音の間から好きな感情を汲み取ってひた
ることができる。
どの曲も、どの演奏にも素晴らしいところがある。
しかし反面、どれにも少しもの足りなさを感じる。
自分の心情にぴったりの音を求めて、この音の強さはちょっと違うな
とか、このフレーズはもう少し柔らかく表現してほしかったとか思って
しまう。
モーツァルトに決定的な演奏がでにくいといわれるのはそういった事
情からだろう。
そんな解釈の問題を通り越して、ただひたすらモーツァルトの音に
ひたっている快感を感じさせてくれるものとなると、なおさら難しい。
わざとらしさがないだけでなく、すべての音が均等に息づき、とどま
ることを知らず、行く先も知らず、自足しながら、喜びと永遠を感じさ
せてくれなければならない。
私がいま一番お気に入りのモーツァルトはサー・チャールズ・マッケ
ラスという人が指揮したものだ。
昨年高齢でなくなったこの人は、サーの称号がついている。
偉い人なのだ。
オーストラリア生まれなのだが、演奏家としてだけでなく学者としても
多くの足跡を英国で残し、評価されている。
優れた録音も多く残している。
その割には一般的な知名度が少ないのは、権威的ではない気さく
な人柄と、人の上にたって仕切ることを好むプライドの高さを感じさ
せない上品さのためかもしれない。
特定のメジャーなレーベルと契約してしっかり宣伝して売り上げを伸
ばし、人気を上げながらさらに上のポジションを目指すなどという普
通の音楽家ならしそうなことは、この人とは無縁だ。
カラヤンとは対極に位置する。
頼まれればマイナーなところでもやって、条件の悪い状態でも水準をは
るかに越す演奏を続けた。
ここぞという時の集中力は凄まじく劇的であり、しかも音楽が硬直せ
ず常に息づき、ゆったりした楽章では叙情性も人一倍引き出す。
実際にどんな人であったかは知らないが、温厚で、頭が良く、古いこ
とのよさも見据えながら、新しいことにも積極的にとりくむ姿勢を感じ
る。
知性と感性、古典と革新を両立というよりありきたりの構図ではなく、
人間の理想の生き方のひとつを自然体で体現しているようで、私には
あこがれの人だ。
整体の野口晴哉は「子供の天心には(当然のことなので)価値がな
いが、年をとっての天心には価値がある」と言っている。
大人になり、社会人になって、汚れても濁ってもいないということは、
まずありえない。
そこを通り越した鍛えられた本物の純真さを持つ天心爛漫な人だ
から、モーツァルトにはうってつけといえる。
オーケストラは、スコットランド室内管弦楽団。
CDのジャケット写真をみてみると、みな若く溌剌としている。
人数は少ないがいっしょに音楽する喜びを共有している感じが伝わ
る。
マッケラスは主席客演指揮者を努めていて、手塩にかけて若者たち
を育てていたようだ。
演奏はマッケラス得意の現代楽器のピリオド奏法による。
オリジナル楽器や古楽器といわれるモーツァルトなどのその時代の
楽器を使うのではなく、音量や音の強さなどがしっかりでる現代楽
器を使うけれど、演奏法はビブラートをほとんどかけない音の立ち
上がりや純度を重んじる演奏法だ。
音楽をひたすら流線型に滑らかにし、音の厚みを求めたカラヤンとは
この意味でも対照的だ。
はじめて聴く人は、おもちゃ箱をひっくりかえしたような音の洪水に驚
くかもしれない。
しかし濁りない澄んだ音たちが明滅し、うつろい、旋律が生起してい
く快感をひとたび感じ取ると、癖になるに違いない。
人数が少ないので強奏でも透明感が失われず、弱奏ではしっとり
とした表情が手に取るように伝わる。
モーツァルトの天才を感じるのにもっとも相応しい演奏、現代に生き
る私たちにもっとも近しい演奏だと思う。
美しく勢いのある音が波のように次から次に押し寄せる快感を言葉に
するのは難しい。
曲は第38番「プラハ」~第41番「ジュピター」までの4曲だ。
モーツァルト最後の極めつけの名曲たちだが、なかなか決定盤はみ
つからなかった。
その中では「プラハ」は、ワルターの指揮したものが、生命感と死の
虚無と甘美を両立した演奏でこれ以上はないだろうと思っていた。
マッケラスには生も死もない。
ただ音楽にひたる喜びがある。
それが意識ではなく、もっと深いところをゆり動かす。
颯爽とした演奏なのに、なんとも哀愁を感じさせるところが多々あって
胸に迫る。
ワルターが良質の知性に訴える演奏なら、音の力を信頼して感覚の
深いところに火を点す演奏といえる。
「39番」は炸裂するリズムと推進する音の饗宴。
音にひたる愉悦の極みをマッケラスは見事に切り出す。
「40番」はセルのライブ・イン・ジャパンが私にとって最高の演奏だ。
あの一点のゆるみのない、しかも力が入っていない緊張を超えるも
のはない。
マッケラスは短調のこの曲にも悲劇といった人の生業を持ち込まな
い。
激情と詠嘆、痛切と甘美がないまぜになって疾走する。
それにドラマを感じるのは私たちの自由だが、ここにあるのは美しく
純化し、変転する感情そのものだ。
セルと共にもっともたいせつな演奏となった。
そして圧倒的なのは第41番「ジュピター」だ。
第4楽章のフーガは聴いていて久しぶりに背中がぞくぞくした。
アバドが若いときに指揮したものも第4楽章がよかったが、そのため
に前の3つの楽章を抑えて演奏して効果を狙っていた。
マッケラスはそんなことはしない。
この曲にかけるモーツァルトの気迫が最初から前面に押し出されて
いる。
第3楽章のメヌエットなども宇宙のゆりかごで星々の運行を眺めてい
るような大らかさだ。
そして第4楽章。
三十人ほどの団員たちが持てる力をだしきって、気迫に充ちた一瞬
一瞬をフーガの旋律で積み重ね、高みへ高みへと昇りつめていく。
炸裂するティンパニー、うなるホルン、きしむ弦。
息をこらして聴き入る私たち。
どこにも力みも、破綻も、余分もない。
すべてを出し切っているメンバーも、それを引き出したマッケラスも
ただ、音楽の喜びの中にいる。
創造の瞬間に立ち会う緊張と愉悦を、私たちはCDを通して味わうこ
とができる。
なんと、幸せなことだろう。

今、この一枚   その1.春の珍事

「But Beautiful」

スタン・ゲッツとビル・エバンストリオ

時は春。
寒さにちぢこまって耐えていた木々が芽吹きはじめる。
暖かさにさそわれ、私たちの心も身体もそぞろうごめき出す。
いつまで寝ても寝たりないようなほんわりとボーっとした時と、春の嵐
のような衝動的な激しい欲求が現れたりする。
過ごしやすいはずなのに、なんとなくザワザワと落ち着かないのが
春の感覚だ。
こんな時にぴったりの音楽は、クラシックならモーツァルト、ジャズなら
スタン・ゲッツだろうか。
屈折や努力の跡を感じさせない伸びやかで柔らかなフレージング
がこの人の持ち味だ。
誰にでもできそうなのに、実際には誰にもできない。
流行、すたりの多い音楽の世界で、ずっと第一人者であり続けた。
新しいものを吸収して自分のものとし、さらに次の段階へとすすめる。
間違いなく天才だ。
そのゲッツが、また一人の天才ビル・エバンスと競演したレコードは
少ない。
繊細だが、内部に激しい革命的ともいえる欲求を持ち、プライドの人
一倍高かった二人がそう合うはずもない。
積極的な競演ではなく、たまたま話があり、時間もあったからやった
という程度だろう。
しかし、まごうこと無き天才の二人。
やるからにはきっちりと自分の足跡を残している。
一曲目は「おじいさんのブルース」。
リリカルなフレーズが連なり、美しい。
しかしこの二人の実力としては並みの出来だ。
特には、工夫や冒険は感じられない。
問題は2曲目。
出番待ちに苛立ったかスタン・ゲッツが予定になかった自分の曲を吹
き始めた。
曲名も「スタンのブルース」。
自分の第2の故郷ともいうべきスウェーデンでのライブで、ちょつとく
らいのわがままは許されると思ったのか。
最初はエバンスもアドリブで本来の曲に帰ってくるのかとポロン、ポ
ロンとコードの伴奏を入れていたが、戻る気がないとわかると、すっ
かり放棄して弾くのを止めてしまう。
やりたければ勝手にどうぞそのかわり落とし前は自分でつけろよ、と
いうわけか。
スタンも、いくらでも出来るだろう、普通俺がやったら付き合ってやる
だろ、と思いながらもプレーを続ける。
バックのベースのエディ・ゴメスやドラムのマーティ・モレロたちは焦
っただろうが、そこは大人で必至にサポートする。
ゲッツは果敢にプレーを続け、一人のソロで演奏しきってしまう。
天才同士の意地の張り合いだ。
次の曲は「But Beautiful」。
まったく何事も無かったかのように音楽が息づき、美しい時が紡がれ
る。
事情を知らないその場にいた人たちはエバンスが弾かないのをただ
の演出としか感じられないだろう。
二人とも、プロだ。
そうして演奏はすすみ、「ピーコックス(孔雀)」という後半の曲でゲッ
ツは渾身の美しいソロを聞かせる。
バラードには定評があったゲッツの生涯のうちでももっとも美しいも
ののひとつではないだろうか。
終わりの拍手とともに「ハッピー バースデイ  ビル」。
その日はビル・エバンスの誕生日だったのだ。
エバンスも苦笑いしたに違いない。
これでは先ほどの身勝手にも怒るわけにもいかない。
そうして音楽は「あなたと、夜と、音楽と」のまったりとした世界に続い
ていく。
このアルバムはそんな天才同士のやりとりを間近に見ているようで本
当に面白い。
音楽の上での激突は、あくまでもノーブルだ。
天才たちは競ってつばぜりあいしていても、音楽の上では「But
Beautiful」。
春の寝ぼけた頭をやさしく揺すって、何か美しいものを見にいきたく
なるような、そんな誘いかけをしてくれるようだ。