カテゴリー別アーカイブ: ベルリンとドレスデン、屋久島

垣間見たドレスデン その5 古い教会のオルガン

ドレスデン 006垣間見たドレスデン その5
古い教会のオルガン

ノイエマイスター絵画館は、娘の学校の絵画棟のすぐ近くにある。
アルツマイスターがルネッサンスやバロックの作品が多いのに、
こちらは近代が中心だ。
より現実味をおびた表現が多く、個人の葛藤が色濃くでているの
で、私にはより親しみやすい。
現実からどれだけ離れることができるかが芸術の意義なのか、
現実に即しながらもどれだけ深く本来のあり方を掘り下げられるか
が問われるべきなのか。
一度に多くの、全く違う傾向のものに接することで、絵画の表現の
振幅の広さを体験することができた。
今をときめくゲルハルト・リヒターの最新作「ストライプス」を見るこ
ともできたし、まったく知らない人のすばらしい作品に接すること
もできた。
その後、娘の萌はアルバイトがあるので別れ、単独行動になる。
まだおみやげの買い物ができていなかったので、トラム(路面電
車)で移動して、さっき行った自然食品店に戻り、両手いっぱい
の荷物をかかえ娘のアパートに汗をかきながら滑り込んだ。
この後どこかで食事をすませてコンサートへ行く予定だったけれ
ど、時間がなくなり食事は後回しとなり、再びトラムで旧市街に向
かう。
土地勘の良い私なのだが、娘が言っていた方向とどうも違う。
塔を目印に探し回って聖十字架教会に着いたのは開演5分前だ
った。
古びた教会は由緒ある建物が多いこの界隈ではそう目立つもの
ではない。
10ユーロの料金を払って中に入ると、いかにも教会らしい木の長
椅子がずらっと並んでいる。
地元の人ばかりで、普段着で気楽に来ている様子で、子どもの
姿もちらほら見える。
100人ほどがいるけれどまだまだ入れるようなのでざっと数えて
みると、2階の席も含めると2000人くらいが座れそうだ。
外観からは想像もできない大きさだった。
コンサートの内容はキリストの生涯を映像と聖書の言葉を交互に
映す無声映画にオルガンの演奏をあわせるというものだった。
1920年代か、1930年代のレトロな画面に、柔らかなオルガンの
響きがかぶさって、時代を遡り、いつの間にかその場にいるよう
な錯覚におそわれる。
大きな聖堂に決して威圧的でなく、やさしく身体を包まれるような
豊かな響きがゆっくりと上昇していく。
演奏も、演奏効果や自我意識を前面に出したものではない謙虚
で誠実なものだったのも好感がもてた。
帰ってから調べてみると、聖十字架教会は合唱団が特に有名な
教会で、ぺーター・シュライアーやテオ・アダムといった私でも知
る人たちが出身という。
当時はバッハをしのぐ存在だったシュッツも宮廷から来て、指導
していったらしい。
もちろんオルガンの音にも定評があるという。
知らずにのこのこと出かけていってしまう私は相当の無神経だと
いえるが、集っている人たちは異邦人である私がポツンと座っ
ていても、誰か見咎めるということもない。
心地よく一人で音を楽しむことができたし、むしろ知らなかったか
らこそ、無心に音に向き合えかもしれない。
(写真は松橋萌、トラムの停車場にて)

垣間見たドレスデン その4 古都の異空間

ドレスデン 126ドレスデン 124ドレスデン 125ドレスデン 122垣間見たドレスデン その4
古都の異空間

最初の日の9時からは娘の学校での授業があり、参観しても大丈
夫というのでついていった。
大学の絵画棟はエルベ河沿いで、宮殿や歌劇場、古い教会な
どが立ち並ぶ一角にある。
ドレスデンは商業ではなく、文芸の街として栄えた場所だったの
で、元は総合大学だったものが手狭になり、他の学部が移転し
て最後に絵画が残ったのだろう。
宮殿にひけをとらない荘重な作りの建物で、3mはあるだろう装飾
がほどこされた重い木の扉を押し開けて中に入ると、そこには全く
別の世界が広がっている。
観光客が多数往来する通りから一歩中へ入ると、そこはまるでハ
リーポッターの世界だ。
白壁や石、手が込んだ作りの古びた木が、シンプルな実用性と
学業の場としての緊張感とゆるぎない力を感じさせる。
入り組んだ廊下や階段を抜けると中庭が現れ、大きな樹が歴史
を刻み、ツタの紅葉が古びたレンガに彩を添えている。
再び回廊に入ってまた曲がった先が今日の授業のあるリトグラフ
の工房だ。
歴史を感じさせる黒光りする重厚なプレスの機械のかたわらには
材料となる石が積まれ、壁にかけてある教授のだろう作品もす
ばらしい。
水墨画をかじっている私には、以前から面と線を組み合わせた
立体的表現のイメージがまだ達成できずに頭の中にあったが、
すでにそこに実現していて、とても参考になった。
ここにこれただけで来た甲斐があったと、まだ到着して半日なの
にそう思えた。
授業はまだ続くので挨拶をし、近くにあるツヴィンガー宮殿に
併設しているアルツマイスター絵画館へ向かう。
有名なラファエロの「システィーナのマドンナ」は、柔らかな伸び
やかさ、立体感が表現されやはり傑作だと思った。
天使の視線や人物の手などの仕草が見事に効果を発揮してい
る。
考え抜かれ、磨き抜かれている。
しかし、私には大部分は重苦しくて見るのが辛かった。
ごく一部の階層が得た、圧倒的多数の人民の犠牲の上になりた
った贅沢の極み。
宮殿の雰囲気もとても荘重で、色彩も重厚だったけれど、私に
は敬して遠ざけたいものでしかなかった。
授業が終わった娘と合流し、自然食品店をみて回りながら、食
堂で昼食。
河をはさんで反対側にある新市街に忘れられたようにある東ドイ
ツ時代からあるビルの2階に「食堂」があった。
質実な作りで飾り気がないけれど、不用意に天井からかけてあ
るチューリップらしい作り物には笑ってしまう。
先ほどの宮殿からは数百メートルしか離れていないのに、この
対称は面白く感じられた。
合理的で、簡素で、気楽なので、地元の人たちが次々に入ってくる。
基本的には2種類の日替わりメニューがあり、セルフサービスで、
副菜の野菜は自由に選べて目方で買う。
一皿に、じゃが芋やソーセージがどさっとのり、ボリュームは満点
だ。
味は特に可も、不可もなし。
ドイツの一市民の気分を少し味わった。ドレスデン 119わえた。

垣間見たドレスデン その3  雲の畑、夜の帳

ドレスデン 055ドレスデン 057垣間見たドレスデン その3
ドイツ行きのルフトハンザ機が成田を飛び立ったのは、朝10時で
前日のトラックの引き売りの後の片づけを済ませてから1時間ほど
の仮眠をとっただけの強行スケジュールだった。
行くと決めてからの一ヶ月は留守の間の品物の注文や手配、普段
私しかやらない仕事の伝達などに追われ、これからの旅の楽し
みを想像する余裕などなく過ぎていった。
ぎりぎり重さの23kgに補給用の食べ物を詰め込み、海外で使え
る携帯電話をレンタルして、やっと機内の窓側の席に腰をおろす
と、もうすることはない。
持っていったCDプレーヤーが不調で音楽も楽しめないとなると、
ただぼうっと外を眺めているだけだ。
北海道を通過し海を渡るとシベリアだ。
直前に雪が降ったらしく雪原に樹木の枝振りがくっきりと映える。
行けども行けども、ツンドラや森林が続く。
人の手が入っているところは明らかにわかる。
道路の直線や不自然な木の伐採は、上空から見てもはっきりと
わかる。
けれど天候の異変や人間のエゴイスティックな開発によって私が
想像する荒廃とはずいぶんと違う。
自然の大きな営みを感じて、これを守るなどというおこがましさで
なく、なるべく壊さないで少し恩恵を受けるという謙虚さが必要だ
よなあなどと、遠い目をして光あふれる風景を楽しんでいた。
次第に雲が増えはじめ、こうなると私はうれしくて仕方ない。
子どもの頃から雲をぼうっと眺めるのが好きだった。
雲の色々な表情を上から楽しめる機会などそう多くない。
マッシュルーム畑のようだったり、竹箒で掃いたような長い筋目が
続いたり、荒々しい雲と柔らかくやさしい雲が混在してコントラスト
が面白かったり、着陸時には綿飴のような雲の一片一片に手が
届きそうだったりして飽きない。
すっかり旅の時間を満喫する体勢に入っている。
そしてドイツでの二日半の張りつめた、あっという間のようなとても
長かったような満ちたりた時間の後、帰りの飛行機では飛び立つ
とすぐに暗くなり、外には何も見えないし、窓を閉めさせられる。
寝つきが悪い私は、体の疲れと頭の緊張でかえって眠れなくな
ってしまう。
こうなると解消方法は書くことしかない。
ほとんどの人が明かりを消している中、私は手元を照らしてノート
に向かいひたすらペンを走らせる。
これは悪い病気というしかない。
頭に何か書こう思うと瞬間的に文章が細部まで浮かび、書くま
で忘れられなくなる。
書けばすっかり忘れ、何を書いたかさえ思い出せないことも多い。
そうして頭から記憶が離れることで、身体に沁みこむ場合もある。
疲れているのだから寝ていればいいのにと思いながらも、一気に
書いて8回分の連載を下書きしてしまった。
短い時間ではあっても、それだけ私には刺激的で、頭の中が
パンパンに膨れ上がってしまう量の情報に溢れてしまっていた。
下書きが終わっても、あそこはこうしようとか、これは入れ替えた
方がいいかなどと完成するまでは頭の隅から離れはしない。
これから年末の忙しさが始まるまでになんとか決着をつけねば
と、みなさんにもお付き合いいただいて、旅の余韻はまだ続く。

垣間見たドレスデン その2 遠い店での姿勢と眼差し

ドレスデン 080ドレスデン 079垣間見たドレスデン その2
遠い店での姿勢と眼差し

到着翌日の朝は、まず近所のエコショップへ連れて行ってもらう。
朝8時から開店している。
ドイツは朝早く仕事をはじめ、5時になる前に切り上げてしまうところ
が多いという。
確かに朝7時にやっと明るくなり5時には暗くなってしまうドイツの
冬で、街灯も少ない街では合理的な発想だ。
その店は閑静な住宅街の角にしっかりと周囲に溶け込んで建っ
ている。
晴屋よりは少し小さいスペースになじみのある品物や見たこともな
い穀類があったりする。
暖かく柔らかい雰囲気で、奥にはカフェもありきっと長話をするお客
さんが多いだろうと想像できる。
この日は他に5,6軒のこうした店をまわった。
この店の他にもう一軒は個人経営の店で、後は全国展開のチェ
ーン店だ。
チェーン店は日本のコンビニを少しシンプルにした感じで、明るく
清潔感がある。
どの店も棚に整然と商品が並べられ管理が行き届いてる。
店によっての品揃えの個性の差はほとんどなく、日常の都合のよ
いところで買い物をする感じなのだろう。
場所によっては100m位しか離れていないところで並立している。
他にもスーパーマーケットも数軒まわってみたけれど、そこでもBI
Oマークのついた有機食品が売っている。
これで全ての店が成り立っているのだから、基本的な需要がしっか
りあって、生活に根付いているのだろう。
最近マスタードのいいものがないかと探している晴屋なので、注目
してみていたけれど、どこの店にも同じ商品が並んでいて、それは
晴屋でもつい最近試食して非常にがっかりした品物と同じだった
ので、正直言ってちょっと感覚を疑ってしまった。
もう一軒の個人経営の店は、より生活感のある新市街の商店街に
あった。
大きさは晴屋の半分くらいだろうか。
道路の角にある古い建物の出入り口を店にしたのだろう。
間取りも四角ではなく階段や柱があるけれど、それをレイアウトに利
用して明るく開放的でセンスよく使っている。
チェーン店のやるべきことはちゃんとやっていますという雰囲気と
違い、暖かく通うものがある。
それは晴屋と共通のものに感じられた。
オーナーだろうか、ほぼ私と同年代の女性がひとりで店番をしてい
て、そのキリッとした姿勢と眼差しに好感と共感を覚えた。
チェーン店が出回る前からやっているだろう年月の重みを感じるし、
きっといいお客さんがちゃんとついているだろうと想像できる。
晴屋も客観的に見るとどうなのだろうかと思いを廻らせ、遠い地で
頑張っている人を見て、とても心強く思った。

垣間見たドレスデン その1  交通にみる合理性

ドレスデン 092垣間見たドレスデン その1
交通にみる合理性

ほとんど休みをとらず毎日働き続けている私を見ていると、周
りにいる人たちもしんどくなるのだろう。
半強制的に、休んでいいからどこかへ行けと言って、仕事を
うけ負ってくれるという。
さてどうしようかと思ったが、咄嗟には思い浮かばない。
じわっと浮き出てきたのがドイツの古都ドレスデンだった。
私の次女がドレスデンで絵の勉強を始めて一年半たった。
その間にすっかりドイツでの暮らしに馴染み、言葉にも不自
由なく生活しているようだ。
計画を伝えると私が滞在できる短い時間に行ける場所を考
えてくれたらしい。
到着した夜は観光名所が集中する旧市街を散策して土地勘
を養いながら、ヒルトンホテルにあるアルバイト先の日本料理
店に連れて行ってくれた。
機内食に辟易していた私にはうれしいもてなしで、ほっとして
異国にいることを忘れてしまう。
料理も日本料理の基礎をふまえながら、奇をてらわずに新し
い世界を作っていた。
まね事が嫌いで、何でも自分でやらないと気がすまない店主
の小倉さんの個性は日本では衝突が多く生かすのが難しい
かもしれないが、ドレスデンでは評価され、すっかり定着して
いる。
近くにドレスデン歌劇場があることもあり、音楽関係者も多く
くるらしい。
隣のテーブルにはワーグナーを指揮する指揮者が座ってい
るなどというのは日本ではあまりないことだろう。
奥さんの細やかに気の行き届いた対応も日本以上に日本を
感じられてとてもうれしかった。
帰りはトラムという路面電車を使うことになる。
大都会ではないドレスデンではトラムが一番に利用される
交通手段のようだ。
黄色と黒というドレスデンの市を象徴する色彩を使ったモダ
ンなデザインで、極めて合理的に作られている。
チケットは必要に応じて自分で購入し、基本的には検札がな
い。
無賃での乗車も簡単だけれど、ごく稀な検札で見つかると罰金
を徴収されるらしい。
電車の駅も同じで改札はなく、見送りの人が列車まで来ている。
日本のようにキチッと囲って区別しなくても、大部分の人たち
は規則を守って、秩序が保たれている。
余計な手間やコストをかけずに社会が成り立つ、とても合理
的な発想だと思った。
スーパーマーケットでの買い物も、ベルトコンベアのような物
に精算前の商品を自分で置き、レジを通過して詰まれた物を、
精算した後に自分が持参した袋に積める。
袋がない場合はその場で買うことになる。
必要のないことは一切しないという断固とした決意のような
ものを感じて、安心して信頼できる部分と、ある種の緊張を要
求される部分が同時にある。
しかしこうして毎日暮らしている人たちがいるという現実の重み
は動かしがたいものとして私たちに迫るものがある。

屋久島


屋久島 その1

辺境の風をくらって
年輪(としわ)織る
異形の王か無比の賢者か

腕時計ウインドブレーカー置き忘れ
ひとつため息
高架ホームにくすむ

私たちの八百屋の先輩で詩人の山
尾三省は、屋久島に行き「聖老人」
という詩を書いた。
三省をはじめ、多くの人を惹きつけ
る縄文杉とは何者なのか?彼らに何
を感じさせるのか?知りたいと思って
いた。
家族旅行のキャンセルで急に思い
つき、一人で行くと宣言してしまっ
た。
日常のほとんど全ての時間に八百
屋と関わっている私には、一人での
旅など非常に稀なことだ。
三省は当時は元気だったけれど、
会えばどこかに仕事が絡んできそう
で、連絡もとらず、別の空間に孤独な
時間を過ごそうと欲した。
空港へ向う途中、駅の高架のホーム
で東京の家並みを眺めていたら、屋
久島の山歩きには不可欠の腕時計と
ウインドブレーカーを置き忘れたこと
に気づく。
結局日常の雑多さを持ち込んでし
まったようで、ふっとため息が出た。

滑走路
翼休める銀の陰
平らな砂漠に灰色の風

はしゃぐ子を鎮める母の慎ましさ
青い葉の夢
大空を飛ぶ

くすんだ気分を持ったまま到着した
羽田空港は、海のそばなのに何故
か砂漠を思わせる。
雑草もほとんど無い、ただ平らな空間
に、異様さしか感じることが出来ない。
飛行機は一番前の端の席だ。
他より広そうに見えて、機体の曲線で
足元の右側の空間が斜めに切り取ら
れて座りづらい。
事故が起きたら真っ先に死ぬななど
と考えながら席に着く。
富士山を眺めても気分は晴れない。
後ろの席の小さい男の子とお母さん
の会話が聞こえてくる。
小声だが上気して懸命に話しかけ
ている子供と、優しく包んで受け止
めている母親のしっとりした情感が
伝わってくる。
ほっとして、少しの間心地よく眠れた。

屋久島 その2

鈴振るう清しい廊下の声沁みて
杉柱伸び
縮む私

泥の眠り
細胞の澱のたうちのたうちて
雨に溶け出す

「杉の里」という宿は、ご飯も美味しく
雰囲気も静かで心地よかった。
杉の柱で出来た家は、檜より柔らか
い感じがする。
外は雨。
昼過ぎに到着したが、何も出来ず
ひたすら眠った。
時折廊下で清々しい若い女性の声
がする。
うつらうつらしながら眠れば眠るほど
疲れが沁み出してくる。
身体が小さく縮んでいき、部屋が大
きくなっていくように感じた。
子供の頃の感覚で、今ここにいる自
分を、高いところから見ている自分
がいるような不思議な感じが久しぶり
に蘇った。

鉄橋の踏ん張る岩を叩く水
足先縮む
濡れ渡り板

水を利く手柄杓慣れし幾沢で
胸元たゆとう
我も水なり

縄文杉への上り口へは車でしか行
けない。
借りていたレンタカーで、前日頼ん
でおいたおにぎりを持って早朝に
出発する。
朝6時に歩き始めて、往復で通常10
時間という。
登山は届出制なので、その時間に
帰っていないと捜索が始まる。
前日までは5月の連休で縄文杉まで
人が繋がっていたというが、その日
は十人程がいるだけだ。
トロッコ列車の軌道が道で、歩き始め
る。
まず轟音を上げて流れる川の上の
鉄橋を渡らなければならない。
濡れて滑りやすい枕木の間からは、
濁流が見える。
手すりも無い。
足を踏み外したら、まず命は無いだ
ろう。
その恐怖心と戦うのが縄文杉への
第一歩だった。
私の生業の八百屋では、水は縄文
水だけを売っている。
他にはない力のある水だと実感して
いる。
その秘密が何なのか探るのもこの旅
の目的の一つだ。
あちらこちらにある沢や湧水は、言っ
てみればどれもが屋久島縄文水。
けれどみんな微妙に味が違う。
一般的には山の上の方が硬い味で、
下流の平地に近いほうがトロッと甘
い感じがする。
そんな水の味の違いを確かめながら
歩いていくと、自然と体のリズムは屋
久島と合い始め、瑞々しいものが内
から湧き出してくるのを感じる。
私も水なのだと自覚できた。



屋久島 その3

清き苔まさぐる木の根
身にまとい
道なる朽木は手を差しのべる

静まれる森に何かの気配あり
見開く眉間
頬そよぐ風

絶えぬ水
岩食う苔に杉木立ち
連なる生命淫らに溢れる

みどり湧くまぐわい何処
それならば
人には見えぬ時があるのか

トロッコ道を過ぎると、山の中の道と
は言えないような道を行く。
トイレの用をたしに森に踏み込んで
戻れなくなり行方不明になる人が、
年に何人かいるという。
屋久島の冬は寒く、雪に閉ざされ気
候が厳しいので、木の生長もとても
遅い。
杉の年輪も1ミリ程度しかない。
それだからかえって寿命が長いの
だという。
密度が高いから腐りにくい。
倒木で道になっているさるすべりも、
水に濡れて斑点の模様が美しく、優し
く手を差し伸べてくれているようだ。
そして、何よりも美しいのは苔だ。
苔というと、どぶ板の下に生えている
妙な生き物としか思っていなかった。
屋久島の苔の美しさには驚かされた。
その瑞々しい輝き、柔らかな感触、清
々しい印象は、言葉にも、写真に記
録することも出来ない。
様々な苔ばかりに目が行き、下ばか
り見て歩くようになる。
10時間歩く間に、人間とは一度しか
すれ違わなかったけれど、何度も誰
かいる、と感じた。
振り返っても、誰もいない。
ゾクッと背筋に走る物があり、その度
にシャッターを切ってみた。
何かに見られ、覗かれているという
感覚はずっとついてまわった。
こちらも見つめながら、相手との間合
いを計っているうちに、屋久島が杉の
島ではなくて、全体が素晴らしいのだ
という気持ちが大きくなっていく。
生命の立場で言えば、バクテリアや
苔がベースにあって、その上に他の
生物が共存している。
その元には、丸く高く突如として海に
飛び出している形からくる、雨の多さ
冷涼さがあり、さらにその元には元
火山としての大きな岩としての波動
もある。
それら全てが屋久島を作っている。
人間がまだ踏み込んだこともない場
が多くあるこの島の自然は、大きく
深い。
圧倒的な大きさと、苔に宿る一滴の
水の美しさ。
島の実体を探して、どこの部分にも
無く、どこの部分でもそうなのだ。
人間の感覚ではつかみきれない物
があるのを感じだ。


屋久島 その4

原形質入れ替わりゆきて
断末魔
一雫ごと叫ぶ痛い記憶ども

作歌凝る間際の父が話しこむ
生の相槌
深く張る棘

山愛す
一夜に死も可と言いし義父
森渡る風ベットに届かず

男たち
父といわれて踏まれ行く
いずれは我も土となるべし

汗にも、レベルがある。
雨合羽の中はサウナ状態で、汗だく
で歩いているうちに、水気が次第に
入れ替わって、深い部分から汗が
湧き出してくる。
汗と共に、普段は意識しない記憶も
染み出してくる。
屋久島に行ったのは10年程前、前
厄と後厄に、実父と義理の父を失っ
てからそう月日は経っていなかった。
温かみのある家庭ではなかった私
の実家で、父とはお世辞にも仲の良
い間柄とは言えなかった。
すい臓癌を宣告されてから、手術せ
ずに3年生きた。
毎週末には少しは話もするようになり、
その間はさすがに少し歩み寄れた。
それでも俵万智が好きという父の短
歌の話にはのれず、「ああそう」とい
う生返事しかできなかった。
もう少しなんとかならなかったか?今
でも時々思い出してはそう思う。
義父は、無農薬の八百屋などという
海の物とも山の物とも分からない私
の仕事に早いうちから理解を示し、
応援してくれた。
若いときからスポーツマンで、山登り
も好きだった。
「たった一日しか住めなくてもかまわ
ない」と言って、好きな甲斐駒ケ岳
が見える所に山小屋を建て、十数年
はそこで過ごせた。
体調が落ち、簡単なはずの心臓の
手術中に脳梗塞を起こしたが、辛う
じて一命をとりとめた。
もう一度山へ行こうといって、懸命の
リハビリをしたが、ついに連れていく
ことが出来なかった。
最後に近いとき、もし私がどうしても
と言って連れて行けば出来たかもし
れない。
それを出来なかったのだから、私も
思うようには死ねないかもしれない
と思った。
男の行く末が見えたような気がした。


屋久島 その5

幹あらば風を切り裂き
龍となり地を隆起す
黒き切り株

統治せぬ
王なる科の瘤背負い大きい人は
黙っていた

太古まで
タイムトンネル10時間一息に過ぐ
不滅はある

古傷の膝の痛みも
我のうち
水をはねのけ歩をすすめゆく

ウイルソン株は、大きな洞があるので
有名な切り株だ。
太閤秀吉が、何かの寺院を建立する
時に切られたというから、安土桃山時
代か。
その時の木のきり屑が、未だに周囲
に腐らずに残っている。
それ位、屋久杉は密度があり強い物
だ。
切られずに幹があったら、どういうも
のだっただろう?
想像すると胸は大きく膨らんで、天ま
で届くようだ。
しかし、そんな山の神みたいなものを
切ってしまう、人間の愚かしさと残酷
さを感じて胸が痛い。
縄文杉は瘤があるために、木材とし
ての有用性が少なく、切られずに残
ったという。
自覚してそうなったのだとしたら、相
当に知恵のある木だ。
そして、ひたすら静かだ。
巨大だが、周囲を圧せず、支配せず
一人立っている。
瘤は、支配しない、支配されないこと
の証だ。
私には、平凡の非凡に見える。
人間には永遠とも、不滅とも思えるよ
うな時間の経緯の中を、この木は生
きている。
帰り道、次第に膝が痛みはじめる。
トロッコ道では、どうしても線路の枕木
に歩幅を合わせて歩くことになる。
大股で歩く私には結構辛い。
そして硬いので膝に負担がかかり、
昔バスケットボールをやっていた頃
の古傷が痛みはじめた。
最後には足を引き摺るようにして、前
に進むしかなかった。
この痛みも私の人生の一部に違いな
い。
辛くても、受け入れなければならない
ものもある。



屋久島 その6

しらたきとレースのフリルに太い根と
大川(おおこ)の滝の
白き精水

絶えぬ水揺るがぬ巖濃い翠
永遠の音
口空ける者

海雷にドーンと大気
鳴り渡る
巡りゆく藍を墨色にして

飽きず降る雨の音より
鎮まれる
クラプトン紡ぐ涙なる河

大川(おおこ)の滝は凄い。
滝壷のすぐ近くまで行けて、見上げ
れば、太く逞しい流れの横にレース
のフリルのような繊細で透けながら、
千差万別に変化する流れがある。
ずっと見ていて飽きず、いつの間に
か口をぽかんと開けて、自然の大き
な流れに吸収され、一体になってい
るのを感じる。
ゴーッ、シャワシャワ、サーッ、シュー
ッ。
様々な音が入り乱れ、刻々変化する
のに何故か、静かだ。
大川の滝を皮切りに、屋久島一周の
ドライブをしてみた。
大きく見ればほぼ丸い形だが、海の
近くは適度の起伏があり、ゆったりと
道路がカーブして、運転が心地よい。
毎日仕事で車を使っていて、運転に
は飽き飽きして嫌いだと思っていた
が、なんだ本当は好きなんだと思った。
西部林道というあまり人が住んでいな
い辺りでは、どこからともなく、ドーン
と巨大な太鼓を叩いたような音がして
くる。
最初、自衛隊が演習でもしているの
かと思っていたが、しばらくして沖の
方が暗くなっていて、雨雲の中で雷
が鳴っているのだと気付いた。
天の大きな声を聴いたような気がした。
平地は晴れていても、少し山に向っ
て道が登り始めると、とたんに雨が降
り出す。
しっとりと静かだが、降り止むことがな
い。
起きている間中、時には寝ながらもず
っと音楽に包まれて生きている私だ
が、屋久島には何も音源を持ってこ
なかった。
しかし、降る雨といっしょに、頭の中
では絶えずエリック・クラプトンの「ピル
グリム」というアルバムの冒頭3曲が
エンドレスで流れていた。
My Father`s Eye(父の眼差し)、River
Of Tears(涙の川)、Pilgrim(巡礼者)と
続く、暗く湿った雰囲気と音楽は当時
の私の気分にぴったりで、完全に一
体になっていた。
人は音楽を選び、音楽も人を選ぶ。


屋久島 その7

清々と苔に沁み込むみどり雨
弛緩許さず
人打ち拒む

手が届く
谷間にかかる淡い虹
愛想の無い島が笑った

最初に膝を痛めてしまった私は、思う
ように動けない。
平地を足をひきずって歩くのが精一
杯で、山に登るなどということは考え
ることも出来ない。
白谷雲水峡は諦め、比較的道が整備
されている屋久杉ランドへ向う。
しかし、雨は一層激しくなり歩いても
周囲を見回すことも出来ないほどだ。
もう一度森の素晴らしさを味わいたい
としばらくレンタカーの軽自動車の中
で待ったが、止む気配も無い。
お前にはもう与える物が無い、という
ことか?
弱った人間は近づくべきではないと
いうのか?
こちらの甘えが見透かされている様
だった。
諦めて帰り始めると、雨は急にやみ、
目の前の谷間の手が届きそうな所に
虹が見えた。
優しいのか、厳しいのか、からかわれ
ているのか。
こちらも、ふて腐れずに、笑った。

杉と苔針葉樹林珊瑚礁
丸い島丸ごと
息づいている

さあ帰るもう充分に楽しんだ
胸を圧して
内に充つ水

三泊四日はあっと間に過ぎ、帰る時
が近づいた。
今ここにいる自分を、天の高いところ
から見ている感覚は、強くは無いが
ずっと続いていた。
そして帰ろうと思うと、胸から水が溢れ
出てきそう感覚に襲われる。
胸が涙を出して泣こうとしている。
熱い涙ではないが、静かで澄んだ涙
が胸を圧しているのを感じた。


屋久島 その8

豊穣の香り甘きを
思い知る
磨かれた街明るいトイレ

足重く
家へと向うターミナル
遠い目をして道を失う

一度通った道はまず忘れず、土地勘
のいい私が、馴れているはずの池袋
で、迷った。
一体、自分はどこにいるのだろうと、
立ち止まって呆然と周囲を見渡す。
ここはどこで、何のために私はここに
いるのか?
私は森の中にいるはずなのに、どう
してここにいるのか?
そんな状態は一ヶ月以上も続いた。
魂を、屋久島に置き忘れてしまった
らしい。
その時初めて魂の実存を感じた。

辺境で
殻破った魂が
眼差しに乗り故郷へ飛ぶ

そよ風の街の緑に微笑み返す
臍の後ろに
根を下す森

仕事人としては使い物にならない私
だったが、20年続けてきた蓄積での
身体の反射的働きと周囲の助けで、
なんとかやり過ごし、次第に日常に
溶けこんでいった。
自分で一番面白かったのは、植物に
対する感受性が変わったことだ。
前から樹木や雑草、野菜は好きだと
思っていたが、もっと切実に身近に
いろいろと感じるようになった。
引き売りの時、ちょっと見上げた植え
込みの緑に親しみを感じ、何を感じ
ているかが分かり、何がしかの交流
があるような気がする。
屋久島に比べれば小さな自然だが、
やはりそこにも同じ物が流れている
のを感じる。
野菜も食べて生産者の気持ちや体
調を感じることがあったが、土や周囲
の自然の様子を想像することもある。
私は男としては、女性的な要素が多
いと思ってきたが、そうではなく、中性
的、植物的要素が多いのだと理解し
た。
風にそよぎ、雨に打たれ、陽を受け、
静かに動かないようで、絶え間なく伸
び続ける植物。
何も感じていないのではなく、感じな
がらも直接は語らず、しかし周囲にぴ
たっと合った形になっていく。
無駄や余分な物は何もなく、必要な
ものは全て揃っている。
それが私の求める物なのだと実感で
きた。
屋久島に行き、自覚し、それに一歩
だけ近づけたようだ。
私は迷った時、お腹の中、古来から
丹田といわれる処に答えを聴いてみ
る。
大丈夫なら息は深くなり暖かくなる。
だめな時は、冷たく固くなる。
屋久島の森がそこに根を下し、私が
少しは繋がっているのだと思うと、少
しほっとして、嬉しい。
屋久島は、遠くて近い場所になった。
屋久島を描きたいと思い、これしかな
いと始めた水墨画は忙しくてほとんど
筆を持つ時間がなく、上達する気配
もない。
いつかまた屋久島に行きたい、いつか
ゆっくり絵を描く時間が欲しい。
森との繋がりが薄れて消えるまでに
始めたいものだ。