カテゴリー別アーカイブ: 晴屋の青い扉

晴屋の青い扉 その87 ポップな晴屋

晴屋の青い扉 その87
ポップな晴屋

店の前面にある壁と看板を変えた
ら、新しいお客さんがよく入ってく
るようになった.
明るい木目を基にして上品な緑
をアクセントに使った、暖かさと
柔らかなセンスを感じさせるものと
なっている.
今まではあえて野菜に色をのせ
なかった.
こちらの個性や余計な思いいれ
をなるべく控えて、野菜自身に語
らせたいと思っていた.
買う人が自分の個性と必要性で
選ぶもので、良いものは必ず受け
継がれていくと信じていた.
それはもちろん正論だし、基本な
のだけれど、今の世の中はそんな
に甘くはない.
野菜の美味しさを知らない若者は
増えているし、みかけや便利さが
優先されることも多い.
有機や農薬の回数、産地など言
葉やイメージが先行して、からだ
の感覚を忘れてしまう人もいる.
こちらの姿勢や雰囲気を積極的
に出すことが必要なのだと改めて
思い知らされる.
世の中はすべて明るく、楽しく、
手軽で、ポップなものが受け入れ
られている.
私たち、土とともにあるような晴屋
がいったいどこまで流れについて
いけるのだろうか.
まわりを見渡すと混乱と矛盾が
渦巻いている.
政治や世のシステムは末期的状
態で、かろうじて個人の善意や努力
に支えられて秩序が保たれている。
そして表面的にはポップなもの、分
かりやすいものが支持されている。
確かにビートルズに代表されるポ
ップカルチャーは世の流れを作
ってきた.
私の感じたことを伝えればみんな
に伝わる、みんなに伝えれば世
界は変わる.
そうしてビートルズは世界を変えた。
それは音楽や芸術だけでなく、生
活や政治の世界まで及んでいる。
けれど始めは権威に対抗し、新し
い文化を拓いて行ったポップカル
チャーも、世の中に受け入れら
れ、莫大な富を産む産業として、
感性を操るシステムとなっていく.
70年代には素朴でありえたものが,
80年代には異質なものに変った。
私たちの素朴な感情はからめとら
れ、発信された感情は別な浮つい
たものへグロテスクに変質する。
集団の全体としての大きな動き
との間には大きな溝がある.
日々を懸命に生きようとする素朴
な感情は、社会のシステムの中で
不平不満を言わずに働く従順な
労働者を生み出し、愛の言葉は
猥雑で辛い現実をあがなうものと
して受け入れられる.
政治への不満も本質は何も変え
られないガス抜きの装置となる。
ひとりの感情が肉体を離れ、ひと
つの情報となって多くのひとに届
くとき、それは元の感情とは違うも
のとなっている.
マスコミやネットを通じて伝えられ
る言葉は、知る人と知らない人を
分ける.
経済の巨大化は、豊かな人と貧し
い人を分ける.
宗教の権威の囲い込みは、同胞
と異教徒を分ける.
政治の行き詰まりは犠牲を求め、
同国人と敵を分ける.
日々のくらしの行き詰まりは、見方
と敵を分け、いじめを容認する.
奇妙な明るさについていけないも
のたちは置いていかれる.
私たち人間にとって自分を主張し
他の人と共感を分かち合うことほ
ど喜びを感じることはないのに、
その主張や共感そして情報によ
ってかえって私たちは個人個人
に分断され、くらしの中にある力と
喜びと光を失っている.
けれどこんなことたちは多くの人
にとって分かりきったことだし、
私も何度も突き当たりながら決し
て解決はできないことだ.
意味ないし、重苦しいという批判
も当然あるだろう.
晴屋はどちらかというと感性や本
能に訴えることを重んじてきた.
これは変わることはできない.
これがなくては晴屋とはいえない.
生産者や自然を大事にするとい
うのも変わりようがない.
こんな不器用な私たちにどんな
道が残されているのか.
全うを全うするには、全うなだけ
ではできない.
今を生きる悦びと、まわりを見つ
める厳しい目と、これからを感じ
る直感と、流れにのって一瞬を乗
り切り方向を変える行動力と、苦
境にも耐えてめげない持続力と、
自分自身を極める集中力の全て
を充たさなくてはならない.
そんな完璧な人間などいるわけ
はないけれど、そうしたものがある
と感じる以上は目指して進んでみ
るしかない.
かつて道はみんなの場所で、洗
濯物を干したり、ものを売ったり、
だれもが自由に使っていた.
今では通行以外には使えない.
手間がかかって能率の悪いトラッ
クの引き売りだけれど、それだか
らこそこんな時代錯誤なものを続
けたいという気持もある.
音楽などで一度味わった感性の
開放と精神の共感は捨てられない.
ポップになりきれないにしても、年
齢を重ねたゆえの感性の開放や
精神の飛翔はできるかもしれない.
手さぐりの試行を感性や魂の開放
につなげていくにはまだまだ修行
が必要だ.

晴屋の青い扉 その86 正しくない晴屋

晴屋の青い扉 その86
正しくない晴屋

晴屋看板を作り変えようと思い、
内容をシンプルに伝えるにはどう
したらいいかといろいろ考えてい
る。
「美味安心食材」は最近よく使っ
ているけれど、少し固い感じがす
る。
「生きた土が育てた野菜  安全
な加工品 心ゆくくらしのための
情報」も長い間使っていたけれど
すこしくどい感じがある。
なるべく短く、端的に内容を表現
するのはとても難しい。
今のところ心惹かれているのは
「おいしい野菜  安心な食べも
の」だ。
安全性を第一に押し出すより、
内容の良さ、美味しさをまず伝え
たいという思いに近い感じがする。
看板は顔だけれど常連さんたち
よりは、新しく来る人に向けたも
のだ。
「無農薬」や「無添加」と書いたほ
うが分かりやすく親切かもしれな
い。
けれどそうした正当性を前面に
出すことに抵抗を感じる。
食べものを差別して、命の力や
自然の豊かさから離れていくよう
だ。
命は本質的に猥雑であり、自然
も多様で人間の知性で固定でき
るものではない。
お客さんも様々で、自然も一筋
縄ではいかない。
そして中を取りもっている私たち
晴屋自身も欠点だらけだ。
どこにも「正しさ」を見つけられな
い。
そう思っているのだけれど、どうも
いつも周りから、「自分は正しい
と思っている」といわれる。
これしかできないと思い、たいし
た才能を持っていない自分として
は目いっぱいやっているという妙
な自信のようなものはあるけれど、
それは自分にとってだけで、他の
人にその基準が通用するとは思
っていない。
ただ扱っている品物の美味しさ
や素性のよさには自負があって、
それはやはりお客さんたちも理解
してくれていて、それだからかえ
って文句を言いにくい雰囲気を
醸し出しているのかもしれない。
要するに人間としての可愛げが
ないのだけれど、若い時よりは少
しは丸くなってきたとはいえ、完
全に隠すことは難しい。
一番困るのは私たちに「正しさ」
を期待されることだ。
無農薬とか無添加という正しさを
求めるひとたちは、晴屋にも正し
さを求める。
理想を投影されるのはありがたい
ことではあるけれど、とてもそれに
応える技量は持っていない。
数え切れないトラブルと、すれ違
いがある。
一生懸命さと裏腹のつたなさを
許るしてくれる人と、そうでない人
がいる。
いろいろな出会いと別れを繰り返
してもう35年という年月がたった。
様々な思いが去来しながら、これ
から出会う人たちにどういう顔を
みせるか、どんな言葉を使うのか。
私たちの店にあるものは、ひとつ
ひとつにここにある意味があり、
手に取る人に向かい合うことを要
求する。
存在感のある重さと感覚の深い
部分に届く美味しさを持っている。
安全だからという知性での働きを
超えている。
それを伝えるためのより深い感覚
とより深い声を持たなければ、私
たち晴屋も本当に大人になった
とはいえないだろう。
35歳でまだ青臭い晴屋だけれど、
これが今の個性だと自覚して前
にすすんでいくしかないだろう。
完成はないとしても、挑むには充
分の大きく困難な課題だ。

晴屋の青い扉 その85 まっとうなすき間としての晴屋

晴屋の青い扉 その85
まっとうなすき間としての晴屋

先週の台風はトラックの引き売り
の日にあたり、強風と雨の中、配
達に切り替えてなんとかやり過ご
すことができた。
そんな中、心配なのは岩手のりん
ごのことで、風で枝や幹が折れた
りしないか、もうすでになっている
実が落果したり、痛んだりしない
かということだった。
晴屋では何年も、たぶん30年近く、
水沢の小平さんのりんご以外のり
んごを売っていない。
りんごと言えば小平さんであり、ご
主人の範男さんが亡くなって奥さ
んの玲子さんに引き継いでからも
それは変わらない。
野の香りのするようなすっきりした
爽やかな美味しさは他のりんごか
らは感じられない。
乾いた砂に水が吸い込まれるよう
に、私たちの身体に沁みこみ充た
してくれるものだ。
女性一人での選果や草刈りなど
の負担が多い中、親の介護が重
なり厳しい状況なのにさらに脚立
から落ち、腰椎圧迫骨折で休み
ながらでないと仕事ができなくな
っていた。
そんな状態を知っているので心
配はしても何も手伝うことはでき
ず、電話もかけにくい。
そして今年から来年にかけては
大きな変化がありそうで、畑を大
幅に縮小して個人発送はほとん
どやめ、晴屋に優先的に出荷し
てくれるという。
とてもありがたいことだ。
今までの信頼関係をつなげてい
けることは私たちにとっても悦び
であり、八百屋冥利につきるとい
える。
けれどりんごの不足は現実的な
問題であり、今まで疎遠だった生
産者のものも売らなければならな
い。
何よりも美味しさを重んじる私たち
晴屋が納得できるものは少ない
のだけれど、売るものがないのも
困る。
店頭に並べておけば、今までの
信頼関係でお客さんたちは買っ
ていってくれるけれど、美味しく
なければ次からは売れなくなって
くるし、晴屋に対する信頼も失わ
れていくだろう。
売れなければ困るし、とりあえず
売れても後につながらなければ
意味がない。
いつも微妙なバランスで綱渡りを
続けているような感覚が晴屋には
ある。
いつの間にか35年も続けている
晴屋は、自然食品業界の中では
ちょっと変わった位置にいるので
はないかと思う。
まず特定の系列や大きな組織に
属していない。
たいがいの店は仕入れの手間や
在庫の管理もあり、仕入先を限定
して効率化を追求している。
また流行にのった売れ筋の商品
を前面に出し、イメージに訴える
作業もされている。
晴屋はこうした分かりやすく、多く
の人を惹きつけるような明るさや、
手軽で気楽な雰囲気を持ってい
ない。
テレビで効果をうたわれていたも
のを探しにくる人たちに少し冷め
た対応をしている。
お客さんには違いはないのだけ
れど、どうせ長続きせず、一過性
のものとしか感じられない。
それよりは私たちの感覚のどれ
だけ内部まで深く入り込む力を
持っているか、自然の豊かさをど
れだけ持っているかといったもの
ごとの本質を追求しようとし、それ
を理解してくれる人に品物を手
渡したいと望んでいる。
そんな体質は扱っている品物に
当然反映されている。
この業界の大きな卸問屋、ムソー、
創健社、オーサワジャパン、恒食、
杉食と取引があり、その中でのベ
ストと思うものを選んでいる。
その他に数十件の直接取引の
生産者からの直送のものも多く
ある。
だから当然晴屋でしか買えない
ものもあるし、相当のマニアでも
はじめてみる品物もあると思う。
品物の選択の基準は何より美味
しさだ。
身体に必要な物、よいものを私
たちは美味しいと感じる。
農薬の回数や有機の認証、マス
コミでの話題性よりも感覚を優先
している。
その根底にあるのは人間や自然
への信頼であり、人間を健康で
自立したものとして扱う健全な発
想だ。
農薬の回数や放射能を心配して
の産地の限定などの恐怖心や不
安に訴えてものを売ることへの嫌
悪感もある。
もちろん売れなければ困るわけ
で、日々品物を選択し、注文し、
確認して届ける。
これは大きな流通にはできない
細かで、終わることのない緊張が
連続する作業だ。
お客さんによって対応が変わる
し、マニュアルはないので、スタ
ッフによっても対応が違う。
原理原則でははないので日常は
混乱しているけれど、豊かで手ごた
えがある。
そしてこれこそが晴屋が続いて
いる理由でもあると思う。
大きな流通にはできないすき間
が、唯一私たちが生き残れる場
所なのだろう。
同じものを扱い、同じことをしてい
たら、私たちはあっという間に飲
み込まれてしまう。
より本質を極めたすき間であり、
一見普通だけど実はスゴイという
のが晴屋のコンセプトだ。
それを理解してくれる人たちは
長く付き合ってくれるけれど、重く
楽しくないと感じる人とは親しくは
なれないし、付き合う人たちを増
やしていくことも難しい。
際どいバランスの上になりたって
いる。
まっとうだが、すき間産業でマイ
ナーであり続けれる覚悟はあるけ
れど、こんな時代錯誤の八百屋
をいつまで続けることができるの
だろうかとまわりを見渡している。
すき間が許容される世の中が続
くことを祈るばかりだ。

晴屋の青い扉 その84 快楽の彼方    ノンアル編

晴屋の青い扉 その84
快楽の彼方    ノンアル編

オーディオや、音楽鑑賞や、文章
を書くことやら、誰に頼まれたの
でもないのに好きで勝手にやっ
ていることはいろいろあるけれど、
けっこう仕事に絡んでいることも
あり、まじりけのない楽しみと言っ
てもいいかどうか微妙なところだ。
他人に気を使わず自足した楽し
みというと、目下のところ夕方の
ノンアルコールビールであるかも
しれない。
最近、炭水化物ダイエットもどき
のことをはじめて、どうも歳のせい
か疲れが足にきてしまうので体重
を落とすしかないと思ったのだけ
れど、ご飯やアルコールを半分
にしようと決めて、2ヶ月で5kgほ
ど痩せることができた。
この状態を維持しようと思うとカロ
リーのことが気になって、裏のラ
ベルの表示を真剣に見ることが
多くなった。
あたりめが意外とカロリーが少なく
うれしくなったりするのだけれど、
その中でノンアルコールビール
の低カロリーは圧倒的だ。
350mlで、12Kcalとほとんど水に
近い。
原料はモルトとホップだけ。
基準の厳しいドイツで、ビールと
して作ったものを脱アルコールで
0.0%まで抜いてある。
微妙なアルコールは残っている
のかもしれないけれど、ちゃんと
苦味や風味がある。
価格は130円と有機ビールの半
額ほどで、アルコールが入ってい
ない分、税金は払っていないとい
うのもなんとも潔い感じで、好感
がもてる。
飲むとそれなりに開放感や浮遊
感を楽しむことができる。
たいへんに前置きが長くなって
しまったのだけれど、このノンアル
を、夕方に、なんの後ろめたさも
なく飲む心地よさを伝えてみたい
のだ。
一日のうちで一番好きな時間は、
陽が落ち始めて、空気が静かに
沈殿し、光に隠されていたものが
目を覚まし始める時間だ。
夏の夕暮れのドビッシーなど、こ
れ以上ぴったりで美しいものは
ないと感じる。
私がこの時間を楽しめるのは、週
に2回のトラックの引き売りのとき
だけなのだが、忙しい合間にお
客さんたちがいなくなってほっと
する一瞬にノンアルを飲むのは
生きるひとつの大きな楽しみとな
っている。
感覚が開放され、想像力が翼を
えて、内なる魂が満足げに息づ
いているのを感じる。
自然の中での心ゆく労働の後に
こんな時間を持てばもっと悦ばし
いのかもしれない。
けれど屋久島に行って魂を置い
てきたと感じ、その存在を自覚す
るようになってから、東京の片隅
にある小さな緑にも同じ根を感じ
られるようになった私にとっては、
これはこれで充分に楽しく、とて
も貴重でぜいたくな時間となって
いる。
こうした楽しみは、他人を犠牲に
したり、迷惑をかけたりすることが
ない。
世の中には数限りない快楽があ
るけれど、仕事や束縛の疲れや
傷みをあがなうため、プライドを満
たす豪華なものや他の人の犠牲
という代償を伴っているものがい
かに多いことか。
お釈迦様は「人生は苦である」と
言い切った。
若い私は、楽しみもあるけれどそ
の分責任もあるのだから、楽しみ
と苦しみは半々だと多少の反発
を感じていた。
年老いた今となっては、やはり仏
陀は正しかったと認めざるをえな
いけれど、それでも人間は楽しみ
を求めるから苦しみもあるというこ
とに変わりはない。
自然に生きる動物や植物は、一
生懸命かそうでないかという区別
はあっても、楽しいと苦しいの区
別はないのではないか。
知性という呪われた楽しみを持つ
快楽主義者である私たち人間が、
どんな快を求めるかで人生は形
作られていくだろう。
あらゆる情報が簡単に手に入る
この社会で、シンプルで他の人
を脅かさず、世の流れにもかかわ
らない楽しみをえるには、それな
りの覚悟と経験が必要となる。
思い込みや知らされたことを脇
において、感覚の内なる声に耳
を澄ましてみる。
理由の分からない肯定や否定も
あるけれど、静かに見つめている
と、身体の反応の方が正しかっ
たと納得できることが多くある。
心というのは、自分と周囲の境目
なので深い感覚ではないけれど、
与えられたものよりはずっと自分
に近い。
精神というのは、知性と感性に支
えられイメージとしてたち現れる
人間独自のものだ。
人を染める力を持っていて、人間
から人間に伝わっていく。
精神の快楽は、リアルであるとと
もに抽象的でもあり、瞬間的でも
ありながら永遠に続くものでもある。
私は音楽からこの感覚を教えられ
続けている。
これで終わりということは決してな
い、長い道のりではあるけれど、
飽きることなく続く楽しみでもある。
魂というものは普通は意識される
ことはない。
誰の中にも宿っていて、存在の
奥底で静かに燃え続けるろうそく
の炎のような微妙なものだ。
魂を養わずに腐らせてしまった人
は、私たちに不快を感じさせる。
魂の快楽を知ってしまうと、決し
て後戻りすることはできなくなり、
他のことはそれほど重要ではな
くなってしまう。
最も根源的な感覚と言ってもい
いだろう。
快楽にも種類や、深さ、色あい、
相性や波などさまざまにある。
同じように目の前に並ぶ数多の
快たちのどれを選ぶか。
究極の選択は日々続く。

晴屋の青い扉 その83 毒と薬の境界

晴屋の青い扉 その83
毒と薬の境界

少し前に、CDの企画と製作をし
ている会社から電話があり、試聴
して、できたら取り扱いをしてほ
しいという。
晴屋のホームページに音楽のこ
とがたくさん出ているので連絡し
てみたという。
ヒーリング系の音楽だけをやって
いて、好評をえているそうだ。
個人的には癒し系には興味がな
いけれど、偏見を持たずに一度
は聴いてみようと思い試聴してみ
ることにした。
送られてきたファイルを開くと数
十種類のそれぞれに得られる効
果の違う音楽が並んでいる。
ピアノや弦楽器などのアコーステ
ック系の音源が多い。
録音の状態も良く、演奏の技術
も高く、それぞれに構成も考えら
れている。
時間とエネルギーをかけて作られ
たということが納得できる。
洗練され、上品で、整っており、
どこにもくもりや欠点がみえない。
生活の猥雑さがなく、私たちの感
覚をおびやかし迫るものもなく、
すべてがきれいに磨かれ、整え
られている。
けれど正直言って面白くないし、
また聴きたくなるということもない。
そう、ここには毒がないのだ。
これでは生きていることにならな
い。
後日、再度電話があった時に、
「よく出来ている音楽だと思いま
すけれど、生活感を感じないの
で、暮らしを見つめなおすという
晴屋のコンセプトと違うので」と
言って、お断りをした。
その時に、毒というものも少しは
必要なのだなあと思った。
毒は不必要で、健全な生活の妨
げになるから毒なのだけれど、毒
をもって毒を制すという言葉があ
るように、毒になるものは薬として
使うこともできる。
刺激として利用することで、身体
の隠された働きを高め、生命力を
誘導できる。
毒と薬の境目はその濃さの差と
感受性とのかかわりで決まる。
ホメオパシーというヨーロッパや
インドで広く取り入れられている
医学では、極々薄くした症状を
誘発する物質を身体に取り入れ
ることで治療をしている。
症状に有効な薄さと、身体に害
のある濃さとの差はいったいどの
へんにあるのだろうか。
感覚としてつかむのはとても難し
い。
震災以降、晴屋でも放射能の測
定をしていたことがある。
α、β、γ波を検知し、CPMとい
う一分間の数値を表示できる比
較的優秀なガイガーカウンターを
買った。
食品の放射能値を調べるには、
まず環境中の放射能値を計らな
ければならない。
CPMの値は20~60の間くらいで
かなり大きな変動がある。
100回くらい計ると平均の値をだ
すことができる。
その日によって、何故か値が違う
ので、毎回計らなければならない。
晴屋では2時間かけて120回の
平均値をだした。
それから検査する食品のCPMを
2時間かけて計る。
その数値の差で、50Bq/kgまでの
推定値を知ることができる。
数十の環境中の値の1/10の数個の
放射能値の違いで、50Bq/kgくら
いとなる。
けれどこの測定ではそのくらいの
レベルが限界で、測定しても数値
はでてこないので自分たちでの
測定はやめてしまった。
それにしても数センチのセンサー
の中を毎分数十個の放射線が
通り過ぎていく。
宇宙から来たもの、岩盤などの
自然の中にあるもの、核実験や
チェルノブイリ、福島からなど、い
ったいどれだけの数の放射線が
私たちのからだを通過している
のか。
飛行機に乗れば当然相当量あ
びることになり、医療でも頻繁に
使われ、ラドン温泉などというあ
えて放射線を浴びるものもある。
放射能も少ないのなら良いのか、
どこが限界なのか、まったく理解
することができない。
ただ言えるのは、濃さという数の
ことだけでなく、私たちの身体の
感受性や免疫力がとても重要だ
ということだ。
放射能が直接遺伝子を壊してい
るわけではない。
活性酸素を発生させ、それが遺
伝子に悪い影響を与えるのは、
添加物や毒、ストレスなどと変わ
ることはない。
どれだけの柔軟さや可動性を維
持できるかが、体力の素となって
いる。
強い刺激に耐えられても、鈍くて
は、新たな刺激に耐えられない。
頑強に見える人が、病気や怪我
であっという間に亡くなってしまう
ことはよくある。
小さな刺激に反応できても、耐え
る力がなければ、積極的に前向
きで生きることはできない。
毒と薬を分けるのは、私たちの可
動性の大きさで、それがなければ
疲れやすくて、すぐに切れてしま
い、自分の力を発揮できない。
けれど体力を伸ばすのに大事に
守り、庇っているだけでは育てる
ことはできない。
小さい子どもが転んだときに、す
ぐに手を貸すことで、かえってそ
の子の自発性を奪って、本当の
成長を妨げていることはよくある。
やさしさを気取った安易なヒュー
マニズムが世の中に蔓延している。
「カワイソー」という軽い言葉は、
相手を思っているのではなく、発
している自分を「いい人」だと勘
違いしているか、自らの生命の勘に
確信がなく不安を押し付けている。
刺激をなるべく与えないのでなく、
それに耐え、それを糧として個性
を伸ばす積極的な感受性を育て
る視線と工夫が必要だ。
休み守らなければならない時も
もちろんあるし、放っておいて自
由にさせておくことがベストの時
もある。
毒と薬を分けるのは私たち自身
であり、刺激を生かして積極的に
使えなければ生命として生きて
いることにはならないだろう。
毒にも薬にもならない、というの
は何の役にもたたないという意味
の喩えだけれど、毒も薬もないの
は命の感覚からもっとも遠いもの
だ。

晴屋の青い扉 その82 手が語ること

晴屋の青い扉 その82
手が語ること

口下手で、気持を言葉で表現す
ることが苦手な私だけれど、その
反動もあってか書くことは好きで、
溜まっているものを吐き出すため
に書かずにいられないことも多い。
だから伝えたいことがないわけで
はないのだけれど、話すことにエ
ネルギーを注ぎ込めない自分を
感じる。
けれど面白いと思うのは、店の看
板娘となっている娘の柚衣はおし
ゃべり好きで言葉に感情をこめる
のが得意なのだけれど、仕入先
に注文するときには、必ず書いて
ファックスで伝えることだ。
反対に普段文章を書きなれてい
る私は、面倒くさがって電話で注
文することが多い。
仕事をこなすという客観的な視点
が必要なときは、自分が本来向い
ている気持をこめやすいもので
ない方を無意識に選択している
のだろうかと思っている。
電話での対応が冷たいと指摘さ
れることもあるけれど、目の前に
いない相手に気持をこめて話す
ことなど私には不可能なことだ。
こんな無愛想である私だけれど、
最近手の表情が意外に豊かなこ
とに気がついている。
手首の角度や指の力の入れ方な
どに独特の表情がある。
他の人よりすぐれているというの
ではないけれど、使い込まれ、あ
る意味鍛えられた道具のようであ
りながら、何かをてさぐりで探そう
とうごめくものがある。
そう思って他人の手をみていると、
みんなの違いに驚くほどだ。
精気や力を感じられない人は多
くいる。
繊細さと力強さを両立している人
もいる。
不器用だけれど素直さを表現し
ている人もいる。
少し前、SMAPの謝罪会見の間、
中居君が手の甲を反対の手でず
っとつねっていた事が話題になっ
ていた。
感情を抑えるためには手の痛み
が必要だったのだろう。
顔や表情は変えられても、手は
正直に本心を語るのだという。
以前私が雑誌の取材を受けた時、
最後に写真をとらせてほしいとい
われた。
私は写真は撮るのは好きだけれ
ど、撮られるのは大の苦手だ。
それが2枚とっただけでOKとなり、
「最初からこんないいお顔をして
いただくことはありません」といわ
れた。
気がつくと手に好きな「醍醐の雫」
の酒ビンを持っていた。
思わず苦笑して、私はこんなもん
だと認めざるをえなかった。
最近手の表情を気にしたり、手に
神経を行きわたらせているような
気がするのには、少し心あたりが
ある。
少し前から親のところにあった仏
壇が長男である私のところに来て
いる。
特に仏教を信奉するものではな
いのだけれど、朝晩には手を合
せて拝むことが習慣となっている。
ほんの一瞬の間でも気を集注し、
気持を鎮めて、内面を見つめる
習慣が私に今までに感じられな
かったものを拓いてくれているの
かもしれない。
こんな時に思うのは、私には多神
教を信じるものがあるということだ。
空の雲にも、公園の樹にも、面白
い形の石にも、そして私たち自身
のなかにも神のような神聖で犯す
ことのできないものを感じる。
それぞれにそこにある意味と価値
がある。
おのおのに都合がありながら、大
きな諍いにはならず共存している。
八百万の神々だ。
けれど今の世界は一神教、独裁
者、絶対の権威などに決定され
た「正しさ」とそうでなく排斥すべ
きものに峻別されている。
より力の強いものが生き残り、そう
でないものは歴史や現実から忘
れられた存在になる社会では、
明確な主張を持つもの、力のある
ものが勢力をえるのは当然だろう。
私たちが八百万の神々の存在を
感じても、世の中は何も変わらな
い。
世界の悲惨にたいして私がなす
術をなにも持たないことは認めざ
るをえない。
けれどこうした、社会に対して私
たちは責任を負っている自覚は
与えられ、教え込まれたものだ。
出会った人に気をつかい、互い
に助け合って生きる本能的なもの
と似ていながら、「責任」というとき
自発性と自然な美しさは失われ、
権威的なものにすりかわってしまう。
言葉や視覚は容易に私たちに入
り込み、いつの間にか私たちを支
配する。
けれど手の感覚は正直で、知性
や権威に犯されることが少ない。
指の発達によって大脳を進化さ
せ人間となってきた私たちにとっ
て、手の感覚はより根源的本能
に近いものなのだ。
私の手はときおり暴走し、壊した
り、作ったりする。
手にもつだけでお酒の味が感じ
られることもあるし、CDが自分に
心地よいか判別することもある。
どちらの道を行くべきか主張し、
体調の悪いところへ吸い寄せら
れることもある。
こんな妄想のようなものを他の人
と共有できるとは思わないけれど、
みながそれぞれの生き方を追求
し、それを互いに認める文化があ
れば世の中はずいぶんと変わる
だろう。
せめても身の回りだけでもそうし
た輪を広げたいというのが私と私
の手のひそかな、望みだ。

晴屋の青い扉 その81 時代遅れの八百屋

晴屋の青い扉 その81
時代遅れの八百屋

年が明け、中東の情勢や中国を
始めとする世界的な景気の後退
の火種がくすぶりながらも、日本
は平穏な日々が続いている.
あれほど話題になっていた消費税
の増税も忘れられてしまっている
ようだ。
どういう形になるにしろ、それをど
う使うかが大切なのだから、基本
の構造が変わらなければ、結局
一部の人たちが利益を受けると
いうことが続くだろう。
体制にぶら下がり、創意や自主性
もなく生きていく人たちがこれ以上
増えないことを願うばかりだ。
けれど今回の騒動の中で興味を
惹かれ、またショックでもあったの
は、食品の生鮮品と加工品の区
分けについての論議だった。
生鮮品は税率を下げても貧しい
人たちにはあまり恩恵がないの
だという。
生活にゆとりのない人たちは、忙
しく日々の生活に追われるので
加工された食品を多用し、生鮮品
を多く買うのは経済的に恵まれた
人たちなのだそうだ。
私たち八百屋自身が貧しいことも
あるが、お金はなくとも美味しい
野菜をできるだけ生活にとりいれ、
質素でも心と身体を充たす食事
と暮らしをする人たちとつながっ
ていきたいと願い、それを仕事の
原点と思って35年間晴屋を続け
てきた。
それがどうも時代の流れから決定
的に取り残され、ずれてしまって
いることを認めざるをえない。
私たちが無農薬の野菜などとい
うものを扱いはじめた1970年代は
世はバブルに向かって好景気が
続き、能率や見かけが優先され、
昔からの農法などほとんど見向き
もされなかった。
考えてみれば当初から時代遅れ
だったのであり、一時期時代が一
回りして最先端になったような錯
覚があったとしても、私たちの立
ち位置は何も変わってはいない。
じゃが芋や玉葱などの根菜を袋
詰めせず量り売りし、当日の昼ま
で配達の注文を受け付け、支払
いの方法もお客さんに合わせ、
数十件の直接の取引の生産者と
品物の注文や在庫の管理と支払
いの雑務をなんとか続けている。
こんな能率の悪い古いスタイルの
八百屋は本当に少なくなってし
まった。
気がついて辺りを見回すと自分
が浦島太郎であるか、ガラパゴス
にいるかと感じてしまう。
35年間が長かったような、一息だ
ったような不思議な感覚だ。
忙しく野菜や天候に追われ、お
客さんに対応し、やれるだけのこ
とはやり尽くした日々。
決して優れた能力を持っている
わけではない私たちが熱意だけ
で始め、お客さんや生産者の誠
意、自然の持つ豊かな力のおか
げてなんとか続けてこられた。
バブル期の後期に大家さんが破
産し、営業を続けるために店を買
わなくてはならなくなり、そのロー
ンの後遺症が今も続く経済状態
もある。
平凡な私たちが運よくつぶれず
に維持しているというのが晴屋の
実体だろう。
決して完璧ではないことを自覚し
ている。
こんなことをあえて書くのは、どう
も晴屋が完全なものとして扱われ
ている故の誤解を感じることが続
いたからだ。
人間としてもお客さんとしても良
い人なのだけれど、何故かトラブ
ルが起きてしまう。
それはすべてこちらの間違いから
発生したことで晴屋に非があるの
だけれど、ただの間違いでは済ま
なくなる。
晴屋を支援し、また理想を晴屋に
求める気持に応えられないのは、
自分の非力を自覚せざるをえな
い。
けれど間違いを無くすことを一義
として晴屋を続けると、それは今
の晴屋とはまったく違うものとなっ
てしまう。
業務を合理化し、野菜を規格化
し、チェックの体制を整え、人員
を手配し、必要なコストを価格に
上乗せする。
注文時間を厳守し、マニュアルを
作り、決まりごとを増やして組織を
固め、権威ある確固とした存在と
して晴屋を定着させる。
う~ん、これは無理だ。
世の中で一般的な方法ではある
けれど、私たちにはやりようがな
い。
権威や正しさではなく、いまここ
にいてできることをしてきた。
無農薬だから、安全だからこの野
菜を扱うのではなく、美味しくて
身体が喜ぶから選んできた。
なんとなくこれはいい、これは嫌
だという感覚の選択が何故なのか
を見つめ、考え、次の選択の糧と
して時間を積み重ねている。
農薬の使用の回数で野菜の価値
を決めるような風潮には連なって
いくことができない。
こんな徹底的に時代遅れである
私たちが生き残っていけるのか。
冒頭に書いたように、時代はます
ます保守化し、経済は厳しくなり、
クレームを恐れての完璧な対応
が求められるだろう。
特に私など最近ではメンバーたち
にまで、時間とエネルギーを必要
とするトラックの引き売りはもうや
めた方がいいと言われてしまう。
けれど割りにあわない、時代遅れ
なことだからこそ続けたいという
気持もある。
次の時代に何かをつなげられる
のはどちらの誰なのか。
これしかできない晴屋に未来は
あるのだろうか。

晴屋の青い扉 その80 枉駕の閉店と私の闘い

晴屋の青い扉 その80
枉駕の閉店と私の闘い

枉駕の閉店が決まったようだ。
まだ何時というはっきりした期日はわからないけれど、年内には営業
をやめるという。
十数年の間に持っていた貯金を使い果たし、気力も尽きてしまっ
たのだろう。
洗練された感覚と選りすぐりの素材で、何処にだしても恥ずかしく
ない中華料理を提供しつづけた。
手間を惜しまず働き続け、これまでやってだめなのだから仕方
ないという安堵感も感じられる。
けれど私から見て、あまりの完全さがかえって仇になったかもしれ
ないと感じられる。
隙のなさは時として息をつまらせる。
東久留米には相応しくない高級感が気楽には立ち入れない雰囲
気を作ってしまった。
お客さんへの誠実さと、自らの技術に対する自信や意識の高さも
必ずしも伝わらなかった。
私にもいくぶんの責任があるかもしれない。
中華料理は安い素材を使っても美味しい料理を作れるのがコック
の腕という風潮の中、当初の本多シェフは良質の素材を使っては
いたけれど、無農薬とか無添加ということには興味がなかった。
私が棒々鶏を食べている時、どうしてこんなに胡麻を焦がすまで
炒るのだろうと思っていたとき、ふと思い当たった。
市販の胡麻は石油系の溶剤で油を抜き取った胡麻油の残りカス
で、味も香りも栄養もない。
それに香りを出そうと思うと延々と炒め続け深炒りするしかない。
それで晴屋の生胡麻をすすめてみると効果は絶大で、私的には
もう少し炒ったほうがいいのではないかと思うくらいに浅炒りになり、
胡麻本来の香りをたっぷりと楽しめるものとなった。
それから醤油や洗糖、塩などにはじまり、多くの素材を晴屋でま
かなうようになった。
それによって得られた料理の高み、上品さやすっきりともたれな
いのにえられる深い満足感などは確実にあったけれど、一般の
ひとたちが中華料理に求める勢いや気楽さを失わせることにつな
がったかもしれない。
枉駕の前に晴屋がなかったら、まったく違う仕事の仕方をしてい
たに違いない。
行列のできる繁盛店になり、支店をいくつも出していたかもしれな
いと思うのだ。
枉駕は私にとって愛着のあるかけがいのない場所ではあるけれど、
私は枉駕に何ができたか。
枉駕にお世話になったことの大きなもののひとつに料理教室がある。
当初の数年間毎月開かれた料理教室に私は欠かさず通った。
もともと料理好きだったけれど、私の料理は劇的に変化し、レベル
が上がった。
料理の仕上がりを予想して素材の切り方や火の通し方を決めて
おく。
火の通し方は最低限か、徹底的にするかで中間はありえない。
味付けは直前にして、調味料の切味を生かす。
炒め物は中華鍋の中で作る和え物で、時間と手の動きの速さと火
力の見極めと調味料のバランスのここ一瞬の勝負であるなど、多
分100を超える料理の作り方を見ながら、料理にドラマをこめる技
術を教えられた。
もうひとつがシェフが普段の営業の形態を離れて腕を振るった「旬
宴の会」だ。
オーディオの会とも呼ばれるこの集まりでは私が長年手塩にかけた
オーディオシステムを使い、テーマを決めてトークと音楽と料理と
酒を堪能した。
生活と文化のひとつの究極のかたちであったかもしれない。
数々の料理と酒と音楽にまつわる思い出が作られた。
話す側にとっても、聴く側にとっても、食べる側にとっても、作る
側にとっても、新しい出会いと発見の場となった。
これがもう枉駕で開催できないのは本当にさびしいと思う。
けれどこのさびしさにはもう少し深いものがあると自覚している。
これも私が反省しなければならないことと関わりを持っている。
晴屋という安全な食べ物をお客さんに届ける仕事を、ただ物を届
けるだけでなく生産者の心意気や自然の息吹きもいっしょに手渡
そうとしてきた。
それは精神的な部分にも及び、世のシステムから離れ、与えられ
た常識を検証し、人間が生き物として健全に生きる方法を模索し
提出しようと願った。
政治や法律、特定の個人といった具体的な対象ではなく、精神の
あり方を問うという浮世離れしたある種の孤独な闘いだ。
そして人一倍のすぐれた感性を持つ本田シェフを共に戦う同志
として扱ってきた。
これは本多シェフには本当に迷惑なことで、自らの方向を見失わ
せることにつながったかもしれない。
けれど私の思い入れと期待はやはり大きかった。
もう少し正直に言えば、今回の枉駕の閉店は、期待していた後
輩が戦線を離脱してしまったような虚脱感と疲労感、そして自分
の力不足への後悔の念が入り混じっている。
料理だけでなく、自身の深い要求やそれを表現する手段と機会
を与えてくれた枉駕に改めて感謝するとともに、本多シェフと奥さ
んのみまさんの2人の個性が生かされる場を見つけ、より才能を開
花させていくことを願わずにはいられない。

晴屋の青い扉 その79 モーツァルトの音

晴屋の青い扉 その79
モーツァルトの音

モーツァルトの音に、人は何を聴くだろう。
この世の猥雑を抜け出した天上の調べという人もいるだろう。
生まれたての赤ちゃんのような、ときめく無垢を感じる人もいるに
違いない。
快活なおしゃべりのような、この世にある喜びそのものとも言えるか
もしれない。
ありとあらゆる悦びとそれに内在する哀しみを表現していながら、
洗練と上品と美しい均衡を保っている。
その豊かな表情の何に惹かれるかによって、聴き手の受け取るも
のはまったく違ってくる。
モーツァルトに決定的な演奏、誰にでも支持される圧倒的な演奏、
が出にくいのはそうした理由によるのだろう。
私自身、これぞモーツァルトを聴く悦びと感じる演奏は、時と共に、
こちらの感受性や時代の変化とともに移りかわっていく。
私がクラシック音楽を聴き始めた50年ほど前には、小林秀雄によ
って描かれた「疾走する哀しみ」を背負ったような深く重い演奏が
多くの支持を集めていた。
個人の思い入れの深さとロマンチックさを競っていた。
そんな時代にはむしろ、すっきりと素朴なモーツァルトに心を動か
される。
クルト・レーデル指揮のミュンヘン・プロアルテの「フルートとハープの
ための協奏曲」は淡々と音を紡いでいくだけなのに、自然にモーツァ
ルトの内面の感情の起伏が感じられ、清涼感がとても心地よかった。
しかしそれも次第に薄れ、忘れていく。
そして次の「これぞモーツァルト」という音に出会うと、もう次に聴い
てもときめきを感じなくなってしまう。
その演奏は必ずしも名演奏というわけではない。
グルダのピアノとアバドの指揮の協奏曲など多くの素晴らしい演奏
は、演奏家の技術や芸術性などの圧倒的な大きさに打たれ魂が
震えるような思いをいだくこともある。
けれどモーツァルトを聴いたという充実、純真で無垢なものに触れ、
素の自分にたちかえる感覚とは違うものだ。
きらめく音や行方もわからない流れに心も身体もあずけて、自分と
世界の境界がうっとりと溶けていく。
そしてその感覚を呼び起こす演奏は常にひとつだけだ。
その後にも続くモーツァルトの音たちは、例えば音楽の官能を極
めながらも均整のとれた感覚が絹糸のようにすべやかに流動する
デュメイが指揮とバイオリンを演奏した協奏交響曲であったり、ヴ
ァーシャリィがベルリンフィルを指揮振りし、感情の豊穣をそぎ落と
し、締まった感性に完全な美しさで音楽のエキスを結晶させたよう
なピアノ協奏曲だったりした。
そして今、私にこれぞモーツァルトと感じさせるのはアバドがベルリ
ンフィルを指揮した交響曲第23番と36番「リンツ」そして協奏交響曲
を1枚に収めたアルバムだ。
音自体は今までで一番地味かもしれない。
交響曲という言葉から連想される一糸乱れぬ完璧なアンサンブル
や巨大な音の塊りを感じさせる威圧的な要素がここにはない。
比較的少ないメンバーで演奏されていると想像できる音は、むし
ろひそやかにそっと周りの音を感じながら発せられている。
前任者のカラヤンが圧倒的な音量でより多くの人の感性を圧倒し、
より多くの富と名声を求めたのとは対極の方向に音楽が向いてい
る。
独裁的な指揮者による統制による磨きぬかれた輝きと、拡大され
た個人の感性の押し付けの度合いを競う一般的な嗜好とは違うも
のをアバドは求めた。
鉄の規律を誇っていたベルリン・フィルに室内楽的で内省的でしっ
とりした響きを導きいれた。
聴衆や楽団員にはおおむね好評だったとはいえ、評論家たちには
酷評され、宣伝され、アバドは何も新しいことをせず昔の輝きを失
ってしまったと捉えられていく。
そんな時期のあまり世の中では評価されなかったけれど、長い
修練の末の純度の高いエッセンスがこのアルバムに詰まっている。
これだけの苦労をして革命的といってもいいような変貌をなしとげ、
それでもその苦労や気負いを表現にはだしていない。
全員が息を一つにして、互いの音を確かめ合い、寄りそいながら
一瞬一瞬の美しさを楽しんでいる。
音楽に知性や個人の感性の爪痕を残さず、音それ自体の美しさに
よって伝えようとする凛とした姿勢は、違う世界に生きる私たちにも
多くの力を与えてくれる。
モーツァルトの音に浸っている実感はあるのに、不思議なほどに高
揚感がない。
落ち着いて、地に足をつけて歩みをすすめている。
一点に向かい他には目もくれずに「集注」するのでなく、内なる声
に耳を傾けながらも同時に周囲の様子も感じ取っている「集中」
を感じられる。
一見平凡でありながら、瞑想的な深い要素を達成した音楽に私が
惹かれるようになったのも、それに対応する変化があるということ
なのだろう。
震災以降2年ほどまったく、モーツァルトを受け付けない時期もあ
った。
モーツァルトの音楽はすぐれた芸術作品であるとともに、心を映す
鏡でもあるのだろう。

晴屋の青い扉 その78 5月のセミ

晴屋の青い扉 その78
5月のセミ

いつも深夜になる帰宅のとき、川沿いの遊歩道を風に吹かれ、水
の流れる細やかな音を聴きながら静かに自転車に乗るのは私の楽
しみのひとつだ。
もう一月以上前のことになるけれど、5月の連休後に暑い日が続い
た日も、涼やかな風を感じながら自転車をこいでいた。
けれどその日は、何かがいつもと違う。
空気がひりひりするような緊張感があり、なじんだいつもの風景に
異次元の空間が混じっているような気がする。
ふと気がつくと、一匹のセミが鳴いていた。
植物では狂い咲きという表現があるけれど、動物ではなんという
のだろう。
暖かさにつられて出てきてしまったのだろうけれど、何年も土の中
で成長しやっと成虫になって、ほんの数日を過ごし、次の世代を
残して命をまっとうするはずのそのピークを飾るはずの鳴き声が
呼声に応える相手もなく、虚しく空間に吸い込まれていく。
空気の振るえが、私の感性の奥深いところを強ばらせる。
そして不順な天候に翻弄され、命のきらめきを奪われているのは
私たちも同じで、セミといったいどれだけ違うのかと、日常の日々
を思い巡らせてしまう。
日本人は調和を重んじる民族だと言われる。
四季の変化を感じ、そのうつろいと共にあることで、個としての主張
よりは、自然との共感によって、感性を育んできた。
けれど自然というものが何なのかつかみにくい時代になってきた。
老人となってしまった私たちがまだ子どもの頃、あるいはまわりの
年寄りたちから伝わってくる自然というものは、豊かで奥深く、時と
して荒ぶる様をみせることはあっても、則を守っていさえすれば
暖かく受け入れ、くらしと命を支えてくれるものだった。
けれど度重なる震災や火山の噴火、巨大化するハリケーンや台風、
長い長い干ばつと突如おとずれる大洪水など、私たちの生きる力
を試すような激しく厳しい災害が地球のあらゆる場所で多発して
いる。
この現実をどう受け入れたらいいのか。
人間とは相容れない他者としての自然の挑戦という見かたもあるだ
ろう。
内なる自然という立場からは、人間への警告としてみることもでき
るかもしれない。
そして私たちは、この一見安定した、生命を育む環境というものが
一過性のものにしか過ぎないということも知っている。
より温暖だった恐竜たちが闊歩した時もあり、氷に閉ざされじっと
耐えることが生きることだった時もあった。
人間はひとり、世の支配者として歴史の必然の上に生まれ、当然
のこととしてすべてを享受し、これが永久に続くと思っている。
「自然を守る」「地球はひとつ」と言っても、自然に対する責任を
負っているという発想自体が上から目線だ。
自然とともにしか生きられない人間が独立した立場を持って責任
を負っていると思いこんでいるのは、思い上がりでしかない。
古代の文明も周囲の自然の許容量を超えたとき、衰退していった。
自然だけではなく、私たち人間自身も追い込まれている。
許容量、可動性、ゆとりなどという言葉が近い何かが失われ、分析
され、白日の元にさらされることで、ありのままの感覚がそれ自体
であり続けられなくなっている。
かつては全体でひとつだった、日常と仕事が分断され、正常と
異常が裁断され、健康と病気が診断され、生と死が分かたれた。
システムと権威がすべてを判断し、ニーズを作って型に押し込め
る。
それが人間の持つ個性である知性のいきつくところであるとしても、
自身を窒息させるところまでいっては、使い方を間違っているとし
かいいようがない。
私たち自身がまずひとつの自然なのだから、素のままの、無垢な
命として生まれてきた感覚を呼びおこし、知性の分断をのりこえた
ところに、生きるべき場所があると信じたい。
食べること、食べるものを選ぶことは、その一歩に違いない。

晴屋の青い扉 その77 約束の音

晴屋の青い扉 その77
約束の音

最近また、レコードの音を聴く機会が増えている。
レコードという言葉も死語になりつつあるけれど、以前は音楽を聴く
としたらまずこれだった。
黒いビニール盤に無数に溝が刻まれていて、光によって円形の筋
が虹色に輝く。
私がオーディオに興味を持ち始めた50年ほど前には、カセットで
はないオープンリールのテープか、FM等のラジオ、そしてレコー
ドといわれる円盤状のディスクしかなかった。
学業や部活の間にアルバイトをして、年に一枚か二枚のLPを買う
ことしかできない中学生であった当時よりは手に入れられるアルバ
ムの数はふえてはいるけれど、相変わらず貧しいことに変わりはな
い。
そうして欲しくてもあきらめたオーディオ機器もいくつかあるけれど、
もっとも欲しいと思っていた50万円のアナログ用のアンプがリニュ
ーアルされ、よれ進歩したものが20万円ほどで発売されると、もう気持
を抑えることができない。
アルバイト?で、オーディオ機器を製作したり、遠方までステレオ
のセッティングに行ったり、手持ちの機材を売ったりして、細い糸を
たくさん伸ばして獲物を手繰りよせる蜘蛛のように、自分の手の内
のものとしてしまった。
それで私は、忙しい時間の中にレコードを聴いて静かに過ごす
心ゆく時間をすべりこませているはずだった。
けれど、私に付いている神様はそう簡単には無条件の悦びなど与
えてはくれない。
私の頭と身体がイメージする音がどうしても出てこない。
理想という絶対的なひな型と違うから納得できないのではなく、私
の感覚がこれは違うと砂漠で水を求める者のように喘ぎ訴える。
頭ではこれだけのものを使っているのだから、いい音のはずだと思
っても、感覚がこれは違うと言う。
それからの半年は、挫折と葛藤と格闘の時間の連続だ。
人造大理石を使ったキャビネットに始まり、モーター、進相コンデ
ンサ、アーム、ケーブル、シャフト、などあらゆる部品を交換し、吟味
しなおした。
その都度改善されるのだけれど、まだある一線を越えられない。
最後に信じて疑っていなかったディスクスタビライザーというレコ
ードとターンテーブルの振動を抑えるためのものが原因と、アンプ
の開発者であるフィデリックスの中川さんの指摘でわかり、一気に目
の前の霧がはれたように音がほぐれ、生き生きした表情をきかせる
ようになった。
この時間の経緯を今となっては貴重な経験として自分の糧にな
ったと感じるけれど、さなかでは闇の中を手探りで進んでいるよう
で、自分がどこにいるか、目的地がどこなのかも分からなくなって
しまう。
部品を少しでも変えると必ず音が変化するのがオーディオなのだ
けれど、変わったからといって良くなったとは限らない。
欠点を補うためにしたことが、また新たな欠点を生み出し、音が混
濁して見通しが悪くなり、色を重ねすぎた水彩画のように光を失っ
ているのに、それを豊かさと見間違えることは多くある。
何度も基本に戻って、ボタンのかけ違いを正し、やっと最後にな
って、あるべきものにたどり着く。
約束はされていなかったけれど、必ずあるはずだと信じていたもの
に出会う悦びはやはり大きい。
人生の目標の中の大きなものを得たような達成感がある。
それは新しくもあるけれど、とても懐かしいものでもある。
心地よい音に包まれていると、私の心は音楽を忘れて流動し、音
からも現実からも離れて見知らぬ空間を彷徨う。
そして時折音の奔流に帰ってきて、音楽の美しさに少年のように心
をときめかす。
弦楽器を奏でるときの独特のこする音は特に好きで、重奏で音が
調和しながらひとつひとつが手にふれられるようにはっきり感じられ
たりすると、ゾクゾクしてしまう。
子どもの頃からこの音を好み、これがどれだけ再生できるかいつ
も考えていたっけなどと昔の感覚をよび戻していると、年月も空間
も消えて自分をひとつのつながる命として実感できる。
自分と向き合うことができる、かけがいのない時間だ。
50年の道のりが一瞬だったような宇宙の中のひとつの結晶としての
命の感覚だ。
CDの音は目前で鮮やかにきらめくけれど、実体を感じられず、感
覚の表面をなでて通り過ぎていく。
LPの音にはボディがあり、いまそこで音楽が生まれる新緑の芽吹
きに立ち会っているようなときめきがある。
どちらがいいというものではないかもしれないが、心に深く音をし
みこませるにはLPに分がある。
とりあえずのごまかしに逃げずに道を誤らなかったのだとつかの間
の安堵を感じられるし、また新しい一歩をふみだす力をえるなど
という経験もアナログのレコードだからこそえられるものだ。
必然を必然として感じられることこそ魂の糧となるものだろう。

晴屋の青い扉 その76 不戦の誓い

晴屋の青い扉 その76
不戦の誓い

インターネットの発達ですべての情報が白日の下にさらされ、経済
のグローバル化ですべての物の所有者と価格が明らかにされ、
何者であるかが、情報と所有物で計られるようになってしまった。
どう生きるかは、どうした学歴と経歴があって、何をどこで買うかに
限りなく近い。
夢や希望というような、ばくぜんとはしているけれど心を暖かくする
ような憧れを持ちにくい時代だ。
情報ばかりが暴力的にやってきて欲望をかきたて、競争に巻き込
みながらシステムに組み込まれていく。
以前なら自然の多様性や個人の柔軟性で持ちこたえていたものが、
許容量を超えたために社会の矛盾が顕在化してしまっている。
新しいことに取り組むエネルギーや行動の余地がなくなり保守化
して、責任を果たすこと、クレームを避けることに重きがおかれる。
よく言えば民族主義的だけれど、その精神を引き継ぐというよりは、
古い形に押し戻そうという教条主義や原理主義が幅をきかせる。
そしてその結果、排他的になり、権威主義が横行する。
中東でも、アジアでも、ヨーロッパでも基本的な構図に変わることは
ない。
国内に渦巻く不満を他の責任に押し付け、矛先を向け、他を非難
することで自身を正当化しようとする。
自分で物事を考える力を育てない教育システムによって、多少の
社会の混乱があろうとも、国民が覚醒し現体制を変えようとするよ
りは、とりあえずの甘言でその場をやり過ごそうとしている政治家
たちは愛国者というよりは亡国の売国奴というべきだろう。
プライドとコンプレックスが渦巻く全世界的なこうした状況に、私た
ちが対抗する手段は何もなく、個人は無力だ。
もし日本が国として何かできる可能性があるとしたら、憲法に盛り
込まれている「不戦の誓い」を前面に出して技術力をからめて関
係を築きあげていくしかないだろう。
けれど日本だけが持つこの優位を、経済のとりあえずの効率だけ
を追求して放棄しようとしている指導者がいる。
「景気回復、この道しかない」「あなたが成長の主役」「福島の放射
能は完全にブロックされている」などと根も葉もないことを話し、雰
囲気と勢いだけでやり過ごそうとするため、ヤンキーとも評される。
大企業ばかりを優先するため、株価の維持に腐心し、年金をつぎ
込んで見た目の好景気を演出して後世につけをまわし、責任を
顧みない。
なぜこのような人物が支持されているのか。
憲法の第9条は「不戦の誓い」といわれている。
敗戦直後の日本が再軍備し、二度と戦争を起こさせないために、
GHQやマッカーサーによって盛り込まれた条文だ。
自主的なものというよりは強制的に与えられたものではあったけれ
ど、人類の理想を具現し表現したものだった。
軍隊を持たない国はあっても、戦争放棄をうたったものは他に
ない。
他の国が盛り込もうとすれば、必ず利害関係などで壁に当たり、
実現は不可能なものが、戦後の混乱の中で否応もなく受け入れた。
しかし当時の心ある世界の人々にも支持された人類のひとつの
究極の目標でもあった。
日本人の調和を重んじる気風にもあうものでもあり、世界に誇れる
ものとなった。
けれど、これを原則であり、法律で定められた絶対的正しさと認め
てしまうことで、形骸化とゆるみが生じ、某首相の暴挙を許すみな
もととなってはいないか。
実現すべきひとつの理想、みなが力を合わせ努力によってえる
べきものと捉えれば、吟味と再構築が常に重ねられ、求める力は
更新されるのではないか。
憲法なのだから当然守らなければ間違いだという一元的な「正し
さ」は、うまくいっていれば少しくらいは原則を離れても大丈夫と
いう現実主義者たちに取り入る隙を与え、形骸化を許す土壌とな
るし、権威にぶらさがる人たちを支え、本来の意義を見失わさせ
る。
闘いに明け暮れるのが常の人間界では「不戦」は決して正しいこ
とではなく、意思によってなりたつ可能性のある一つの理想であり、
殺し合いではないかもしれないが、闘いによって築くしかないものだ。
私たちは日々その意味を問うていく必要があるだろう。

日本国憲法第9条
日本国民は、正義と秩序を基調とす
る国際平和を誠実に希求し、国権の
発動たる戦争と、武力による威嚇又
は武力の行使は、国際紛争を解決
する手段としては、永久にこれを放
棄する

晴屋の青い扉 その75 人生は闘い

晴屋の青い扉 その75 人生は闘い
休日のない私の息抜きは近所の日帰り温泉で過ごす数時間の静
かなときだ。
週2回のトラックの引き売りは、時間の拘束も長く、体力も気力もす
べてすり減らしてしまう。
早朝5時には仕事を始め、片付けて家に帰ると翌日の1時か2時。
それからご飯を食べ、風呂に入って寝ると4時くらいになり、3時間寝
てから店に行って届いている野菜等のセッティングをするともうヘト
ヘトで動けなくなる。
それでも店にいても、自宅にいても何かしてしまう貧乏性の性で、
何もできない場所に身を置いて強制的に休むしか術がない。
自分の限界と時間との闘いという勝てる見込みのない日々を過ごす
私の貴重な羽を休める時間であり、自分にたちかえる時間でもあ
るけれど、こうして原稿を書いているのもその時間の合間であり、本
当にこれが休みなのかはちょっと微妙なところだ。
いつもは朝から入館する温泉だけれど、少し前に夜にいく機会があ
った。
昼間は大きな天窓から光が入り、来ているひとたちもリタイアした老
人たちが主で、ひまをつぶしにゆったりと静かに過ごしている。
近くには大きな雑木林があることもあって、ちょっとしたリゾート感覚
がある。
けれど夜の雰囲気はまったく違った。
暗めの照明に湯気がまとわりつき重たい空気が支配している。
集う人たちも、中年から初老の年代が多い。
湯船に腰掛けてうつむいたまま、身じろぎもせず、自分の中に沈殿
している人。
手馴れた手つきでタオルをパンパンと身体に打ちつけ、身体の水を
とる小太りの男。
ギュッと目を閉じ、眉間にしわを寄せて湯の中でうなり声を上げてい
る人。
いくつかある風呂を落ち着きなく渡り歩く痩せて神経質そうな男。
飽きて走り回る子どもをたしなめながらも、長くなって湯船にもたれ
ている三十代と思しき男。
様々な人生が垣間見れる。
朝の清新な感じからは想像もできないような退廃と喧騒とアンニュイ
が支配する倦んだ時間が流れていた。
それぞれの人生の闘いに疲れ、この場でひとときの安らぎをえて
いる。
生きる厳しさとやるせなさを感じざるをえない。
生きることは闘いだとよく言われる。
何も問題も課題もなく、周囲との摩擦もなく生きている人はいない
のだから、多かれ少なかれ日々の衝突の連続で日常は出来ている
だろう。
そればかりでなく、好んで争いに加わり、新たな争いを作っていく
人もいる。
無骨にゴツゴツと自分をぶつけているのが生きがいに見える人もい
るし、人から言われたことに過敏に反応し言わなくてもいいことま
で言って争いを作る人もいる。
私などは見た目は穏やかで温厚だけれど思いたったことはやらな
いと気がすまず、自分や時間と格闘してなんとかやりとげ最終的に
は周囲まで巻き込む性質の悪い闘い方をする者もいる。
まったく周囲とぶつからず、楽々と生きているように見える人だって、
葛藤や軋轢は必ずあるはずだし、にこやかな態度を維持するには
努力と忍耐が必要だろうから、それもある種の闘いといえなくもない。
この世に生まれたのだから、その生を精一杯享受し個性を生かして
味わい尽くすのが生命としての本望だろうし、あの世から何かよく分
からないものを持ち込んで憑かれたように追求するのもまた一つの
人生だ。
自然界の植物だってじっとしているように見えても競って葉を伸ば
し、枝を広げながらも全体としては調和しているのだから、私たちが
競い合うのも自然なことに違いない。
むしろそれがない世界は、無機的で石ばかりが並んでいるような冷
たいものになってしまうだろう。
けれど、人生は闘いであると認めても、それを人間同士が合法的に
殺しあうものまで推し進めるとどうなるのか。
人生は戦いなのだから、同胞のために命を捧げ、敵を殺すことが当
然で素晴らしいことと言えるのか。
人間は自然則で、生存のためならなにをしても許され、正当防衛
が認められている。
それと戦争はどう違うのか。
その間を埋めるもの、あるいはその差を作っているものこそ知性だ。
野性の動物も自然界で生存をかけ闘いにあけくれる。
生き残るため、子孫を残すため。
けれど彼らは食べるための必要以上には決して殺したりはしない。
縄張りを荒らされても尻尾を巻いて逃げていけばそれでおしまいだ。
知性ある私たちだけが、よく分からない理由のために人を殺す。
人間は知っていることに支配されそれがすべてと思い込む生意気な
生き物だ。
だから紛争や戦争、目に見えない支配の強大化と争いはなくなるこ
とはない。
新たな決まりごとは、新たな軋轢と争いを生む。
知性によっての平和は絵空事であり、感傷を満たすだけのものだ。
良心だけでなく内に潜む本能的要求も統合したもの、陽の当たる
ものと暗部をひとつのものとするような文化や生活習慣が確立され
なければ、戦争は永遠に続くだろう。
互いの肩がぶつかりあっても当然のこととして受け入れられ、自分の
自由を愛しながら、他人の自由を尊重する暮らし方。
私には自分や周囲にその文化の種を蒔き、生活のあり方を提案し
ていくことしか出来ない。
これもまたひとつの闘いではあるけれど、唯一でなく、多くの人が
葉を広げるように手を広げ、全体として調和しながら変わっていくの
を期待するしかない。
今のところこれもまったく勝ち目のない闘いだ。
インターネットの発達で情報は瞬時に世界をかけめぐり、新たな欲
求と新たな不安が日々更新されていく。
経済のグローバル化で巨大なシステムに取り込まれ、一部の人た
ちだけが大きく潤うために奉仕するしかない。
どこの店で何を買うか、どの場所でどんな役割を演じるか。
そんな自由だけが与えられている。
開け放たれたパンドラの箱の底にはどんな希望があるのか。
それを直視することこそ、私たちにとって最大の闘いであるかも
しれない。

晴屋の青い扉 その74 働かざるもの、食うべからず

晴屋の青い扉 その74
働かざるもの、食うべからず

人間は働く生き物だ。
野性の動物ももちろん生き残るために全力を尽くして動き回り、命を
全うしようとする。
人間は自然に働きかけて野菜や果物などの新しい価値のあるもの
を作ったり、時間と手間を費やすことでお金を稼がなければ生きて
いくことができない。
人間も動物である以上、活動することが生きることだとはいえ、いろ
いろな価値観に合せていかなければならない。
シンプルに素朴に、淡々と働くことはとても難しい状況になってし
まった。
「働かざる者、食うべからず」という格言のような、言い伝えのような
言葉が聖書から来たものだということを最近まで知らなかった。
人間は労働によって社会に貢献してこそ生きる意味があり、そうで
ないものは生きることは許されないという厳しい掟が私たちの周りに
ある。
学校はそのことを具体的に教え、社会に適応する術を伝える場と
なっている。
与えられた中での選択の自由や生きる権利が保障されるかわり、
私たちは社会の一駒として働きつづけなければならない。
それはもちろん「正しい」方向でありその義務を引き受けるしか私たち
には選択の余地はない。
けれどテレビやゲームなどであまりに巧みに商品経済に組み込ま
れ、唯一の教育の手段として学校で方向付けされるために、私たち
は自分を見失ってはいないかと自問したくなる。
イリイチという人が「シャドウ・ワーク」という本の中で、本来は豊かで心
のよりどころである家庭での生活や余暇の過ごし方までが賃労働
の対価として取り込まれ、昔から地域に根付いたもの、本来は自然
にあるべきものが輝きを失っている構図を明らかにしている。
一生懸命に働くといっても、ボタンのかけ違いがあると、それを取り
戻すには多くの時間と努力が必要になる。
西欧は建前で自由が保障されているけれど実は厳しい階級社会
で労働者の子は労働者になるしかなく、労働しかできない人間という
レッテルを貼られる。
日本では古来からの違う価値観がまだ残っていて、黙々と働くことを
美徳として評価する伝統がある。
与えられた義務を遂行する労働ではなく、生きる責任として自主的
にする仕事という感覚がまだある。
こうした自然発生的で互いの信頼を前提とした仕事の感覚を今の
労働全てににあてはめるのはきわめて難しい現状だろう。
厳しい経済情勢の中、企業は労働者の犠牲によって辛うじて存続
している。
その中の一個人として、私たちに何ができるのか。
働いて人間や社会とかかわり、互いによりよい状態を求める素朴な
悦びを潰さずに生きるにはどうしたらいいのだろうか。
私が晴屋という八百屋を始めて35年たつけれど、当初から信念と
は言えないような思い込みがあった。
ひとつは、人間は全力を尽くさなければ越せないようなギリギリの
重さの課題を与えられて生きているというある種の運命論を受け入
れている。
私のような凡人は、小人閑居して不善を為すで、暇があればロクな
ことをしないのだから、積極的に前向きなことで埋めておけば、そ
うそう悪いことはないだろうと思っている。
もうひとつが整体法の創始者野口晴哉の言葉で、「100円の仕事に
100円の仕事をしていればいつまでも100円の仕事しか来ない。100
円の仕事に1万円の仕事をしていればいつか1万円の仕事がくる」
というものだ。
そういうものかと思って、とにかくやれるだけのことはやりきって手間
を惜しまず仕事をしてみようと決めた。
おかげでどんどんと忙しくなり、ますます忙しくなっていく。
収入のほうがそれにつれて増えていく気配はまだないが、潰れずに
こんな偏屈に仕事を続けられるのは本当にありがたいことだ。
こんな思い込みが今の若い人たちに通用するものかどうか、甚だ
自信はない。
彼らは彼らの当てのない信念を見つけ、それを実現すべく努力する
しかないだろう。
ただ、社長であっても労働者であっても、動物として全力を尽くして
活動する悦びを全うできなければ生きていることにはならず、生きき
らなければ安らかな最後もないということは伝えなければならない。
悲惨な社会に生きていても不幸せとは限らないし、良い会社に属し
たから幸せになるとは限らない。
自分らしく生きるのがとても難しい時代だからこそ、達成される悦び
はより大きいかもしれない。
死が苦しい終わりとなるか、永遠の安らぎとなるかは私たち自身に
かかっている。

晴屋の青い扉 その73 世界の彼方からの波

晴屋の青い扉 その73
世界の彼方からの波

35年ほど前、この八百屋をはじめた当時はまだ「無農薬」や「無添
加」というものは世の中では認知されていず、私たちもずいぶんと
社会からは浮いた存在だったように思う。
変人扱いされたり、反対に新しい風を起こそうとしている理想主義
者のように扱われたりもしたけれど、自身としては当たり前のもの
が普通に手に入るような状況を作るための一助になりたいと願っ
ていたにすぎなかった。
そのためには大量で安価な、誰でも、何処でも手に入るものでな
く、素性が分かり、作っている人や自然の息吹きが感じられる少量の
ものを扱うしか手立てはなかった。
結果として世の流通とは異なる、閉じたサイクルで決まった生産者
との付き合いを深める方向へと向かうことになる。
そしてそれはある程度達成され、安定的に品物が入荷する体勢が
出来上がっていった。
けれどそれが最近どうもあやしくなりつつあるように感じる。
一つには私たち自身を含めての流通をになう人間たちの高齢化
による保守化によって新しいことへの挑戦による、更新や成長が
できなくなっていることと、もうひとつが世界の怒涛のような潮流に
抗えず、孤立した存在ではいられなくなっているということがある。
世のごくごく隅っこでは独立し、閉じたサイクルを維持できていた
ものが、こうした野菜や食品も認知され一般的なものになっていった
ため、社会の一部としての責任と義務を負わざるをえなくなってき
ているといえるだろう。
ほのぼのと、ゆったりとした仕事としてこうした八百屋を続けていく状
況は残念ながら失われてしまった。
最近の値上がりや商品が入荷しなくなってきている状況はまさに
それが現実に顕在化してきたものだ。
珈琲や乳製品の値上げにはいろいろな要素があるとはいえ、主に
二つの要因によっているようだ。
一つは中国の消費拡大による品不足があり、もうひとつが気候の
変動による原料の不足がある。
そして表に出てこない原因として商社や投機筋による買占めがある。
戦争が起きても利益をえる人が必ずいるように、価格が高騰すれ
ば利益を多くえる人が必ずいる。
遺憾なことだけれど、そうした動きと関係ない暮らしをすることは、私
たちにはすでにできなくなっている。
天然海老の「パプア・ニューギニア海産」もとても苦しい状況になって
いるようだ。
もともと彼らが中心となって開発したプロジェクトなのだけれど、原地
の人たちの自主性を尊重し下請けでなく独立したものとして取引した。
そのため高い価格を提示されるとそちらへ売ってしまうということが
起きてしまう。
抗生物質の多用による養殖の弊害で病気が増え、海老の収穫量が落
ちる一方、中国での消費が増えているので、商社が買い漁る。
これでは小さな流通は苦境に陥るしかない。
商社によらず生産者から直接原料を買っている「ネオ・ファーム」
のナッツ・ドライフルーツも値上がりしてしまった。
円安と資材費や運賃の値上げは直接価格に反映せざるをえない。
生産者との直接の太く短いパイプによって繋げていた下村さんで、
品数を減らし取扱量を減らしてより健全な流通のあり方を模索して
きたが、やはり流れには逆らえない。
こうした受け入れざるをえないさまざまな波の中で一番ショックで
ダメージが大きいのがオリーブ油の入荷中止の知らせだ。
「オラベ」のオリーブ油は私たちの油に対する認識を変えた。
世界のコンクールで何度も金賞をとっている世界品質のオリーブ油
はここまですっきりと切味あり、べたつかず心地よいものなのかと思
わされ、他のものが受け付けられなくなった。
それがもう入荷しないという。
理由はヨーロッパのデパートによる買収のようだ。
ヨーロッパでのオリーブの不作によって品質がよく、割安なものが
狙われた。
これに対し、私たちにはなす術がない。
今ある在庫が約1年分くらいはありそうで、その後のことを考えてお
かなくてはならない。
とても残念で気持が重たい。
大きいサイズのものはもう間もなく切れるが、小さい方の今年の10月
までの賞味期限のものを割安の1400円を980円で販売し、その後
の最終ロットの来年の6月までの賞味期限のものでなるべくつない
でいくしか方法は無い。
海の向こうからやってくる手の出しようの無いものには抗うことはきわ
めて困難だ。
こうした値上がりの波にささやかながら対抗する手段として、晴屋
では近くの生産者との直接の取引を試みている。
今までも話がなかったわけではなく、検討したこともあったけれど、
現行の野菜との品質差が多くあり、あえて扱う気にはなれなかった。
けれど知っている人の紹介のあったグループは地味だけれど、堅実
に取り組む姿勢が感じられる。
品質自体はあともうひとつという感じもするけれど、直接取引のため
価格は2~3割安くなり、鮮度も良い。
そのかわり私たちが自分で取りにいかなければならない。
もし運賃を加えると他のものと同じ価格になってしまう。
良い状態のものを手に入れるためには手をかけなければならない。
往復2時間は日々の中で負担な時もあるけれど、仕方ないだろう。
そろそろ新しい作付けも始まるので、畑も見に行ってみようと思う。
世の流れに逆らって、良いものをより安く提供し、私たち自身も自分
らしく生きていくためにはこうした方法しかない。
まだやれる余地があることを悦びと思い、混雑する街道を迂回して、
すれ違いのできない農道の裏道を開拓するのも面白いし、いかに
も私らしいと思う。

晴屋の青い扉 その72 妥協ばかりの人生

晴屋の青い扉 その72
妥協ばかりの人生

忙しい私だけれど、オーディオの依頼には思わず身体が反応して
ついつい一生懸命になる。
先日もお世話になっている整体の先生のプレーヤーの調子をみて
くれと言われて、これはちゃんとやらないとダメだろうと、半田ごてを
取り出して修理にかかった。
その時何人かでの雑談に時折加わりながら手を動かしていたの
だけれど、私の方に話がふられ「好きなことやっているでしょ」み
たいな方向だったので思わず、「妥協ばかりの人生ですよ」と応えた。
すると先生に「やりたい事があるから、妥協してると思うんだからね」と
言われ、「ハイその通りです。自覚しております」と言うしかなかった。
人間は自らがイメージする自分を自分だと思い込み、その姿を他人
に認めさせようとする。
しかし他人から見た姿と真逆であることが多い。
かく言う私も、自分ではいつも周囲に気を使い、妥協を続けながら
毎日過ごしていると思っているのだけれど、周りからは好きなことを
やって生きていると思われている。
このギャップはどこから来るのか?
私の個性として物事を客観的に見ることに向いているというものが
ある。
感情的な側面もあり、一度怒るとまず二度と許さない激しさもある
けれど、普段は感情を抑えている。
(と本人は思っている。)
そして自分のやりたい事、生活を続けるためにやらなければならな
いこと、ここに生まれたからにはやるべきこと、今おかれている周囲
のさまざまな状況などを、同時進行的に複層的に感じる。
その間をかいくぐりながら、立ち位置や方向を変えて日々をやっと
過ごしている。
その中でできるだけやりたいこと、やるべきことをおり混ぜようと努力
する。
結果として私のした仕事などには私の刻印が押され、他人からみる
とやりたいことをしていように見える。
もちろん自分でもわがままさや業の強さは理解しているつもりだけ
れど、生きる術はこれしかない。
こうした矛盾は私だけのものではない。
自分の頭がいいと思っている人は自分の馬鹿さ加減に気付いてい
ない。
いつも我慢していると思っている人は、何かしたい要求を常にかか
えていて、本当は自分勝手なのだ。
本当に謙虚な人は、自分をなんてわがままなのだろうと思ってい
る。
同じように自分が他人を見る視線も自分の姿の反映だ。
私の気持を考えてくれないと思う人は、他人の気持が見えていな
い。
あの人は頭がいいと思うとき、自分の中にもそれを認める同様の賢さ
がある。
こんなことたちを自覚したからといって、何も変わることはない。
同じことを続けるだろう。
けれど同じことも他人のせいで、あるいは他人のためにしていると
思うのと、自分がやりたいからしていると思うのでは意味と意義そし
て結果もまったく違うものになってくるだろう。
与えられた人生でなく、自ら生きる人生には不可欠な視点だ。
などと言って自己正当化をしながら、これからも日々の雑事に自分
のやりたいことを滑り込ませていくのだろう。
さまざまなことのバランスをとりながら極限を渡り歩くのに冒険の悦
びと達成感を感じる。
たいしたことをしているわけではないけれど、こんな「妥協」をしなが
らも理想を忘れずにしぶとく過ごす日々が私の人生なのだろう。

晴屋の青い扉 その71 人に花咲くべきもの

晴屋の青い扉 その71
人に花咲くべきもの

先日テレビを見ていたら「腸内フローラ」の特集をやっていた。
フローラとは、お花畑や植物群を意味する言葉で、さまざまな菌類
が腸内で多数共存している様子を上品な言葉で言い表している。
一人あたり100種類以上、100兆個以上の細菌がいるという。
今まで分からなかった病気との関連もわかりはじめ、マウスの実験
では腸内菌を入れ替えることで性格までも変えられるという。
腸には脳に匹敵するほどの神経網がはりめぐらされ、栄養の吸収だ
けでなく、血液や体液を通じて体調全般と深くかかわってるという。
ここ数年の医学の最先端の事項として、こんなことが分かるように
なったと誇らしげに報告されている。
けれど東洋医学では体は一つの自足した宇宙であり、特に腸は全
体の体調と深くかかわっているのは自明のことだ。
西洋医学ではこれからの課題として、特定の細菌を腸に入れること
で病気を治療しようとする動きが強まっていくのだろう。
確かに薬を使って対処療法するよりは体への副作用も少ないだろ
う。
けれど作用には必ず反作用がある。
それで病気が治ったとしても別の場所に何か問題が起きるだろう。
人間の自発的な力を信じて呼びおこし、それによって主体的に生
きる覚悟とそれを支える文化を育てなければ、いたちごっこは終
わることはない。
人間とは本当に浅はかな生き物だと思わされる。
最近のテレビでは「ヤーコン」「菊芋」「ココナッツオイル」など次から
次へと新しい話題が提供される。
その度に店にその品物を求めて人がやってくる。
古いお客さんが今まで買っていないものを買おうとするのは少し気
恥ずかしいらしく、おずおずとした感じが微笑ましかったり、お茶目
な感じが可愛かったりする。
けれど普段はほとんど姿を見かけない人たちが、スーパーでは売り
切れた話題の品物だけを探しに来られると、その対応や説明にや
たらと時間がかかり、他の仕事が手につかず迷惑と思うことも多々
ある。
そういう人たちもやはりお客さんであり、それを売ることで多少の利益
をえることができるとわかってはいても、長続きのしないとりあえずの
売り上げのために頑張る気がおきない。
これは商売を生業とする人間にとっては欠陥といってもいい性癖だ。
健全な生活に深く根付く、健全な品物だけを、健全な人たちに届け
たいと願う。
健全と不健全の差は、悦びや充実感に満たされているかどうかだ。
子どもの頃から要求を充たされずに育ったり、思春期や大人になっ
てからも自分を見失うと、何が自分にとって満足かわからなくなってし
まう。
そのため簡単に与えられた情報に飛びつき、すぐにあきてまた次の
ものを求め、ますます自分を見失うという連鎖にまきこまれる。
一度迷ったものを取り戻すのは、本当に難しいことだ。
20年から25年の長い努力と研鑽が必要な場合もある。
子育てで必死の間に、自らの内が育つ場合もある。
芸術や人との出会いで変わることももちろんあるだろう。
いずれにしろ、得ようと思っても容易く得られるものではない。
努力したから得られるという保証はないけれど、何の努力もなしに得
られるものでもない。
人の人生の奥深さや儚さ、その中でも変わらない強さなど、さまざま
なものが見え隠れする。
そんなことに私たち八百屋が何をできるということもない。
ただその人が自分らしく生きるための、食べることや後少しのこと
で手助けをすることだけだ。
この人にこの品物をすすめたら、隠れているものや拓かれていな
い感覚が目覚め動き出すのではないか?
川の中の石をひとつ移動するだけで、流れが潤滑になり、淀みや
濁りが消える。
そんなことが私の理想だ。
川に薬を流して無理やり変えたり、他の微生物や細菌を入れて生態
系を変えてしまうような暴力的なことがいいとは決して思えないし、
目先の知識につられて自らさまざまなものを流し込む人たちの気持
は理解することができない。
私たちの許容力をはるかに超えている。
商売上も、人間としても決して完璧ではない私たちだけれど、こう
した不器用なやり方しか選ぶことができない。
それでも続けていられるのは、大多数の晴屋のお客さんたちの助
けがあるからに違いない。
能率や経済の効率、クレームへの対処に神経を費やす今の世では
ありえないような仕事を続けていられることへの感謝を感じるととも
に、これからも多くの人たちと充ちたりた感覚を共有したいと願って
いる。

晴屋の青い扉 その70 オカルトと妄想と真実のはざま

晴屋の青い扉 その70
オカルトと妄想と真実のはざま

オカルト映画は苦手だ。
エキセントリックで意味の無い場面が連続し、グロテスクな妄想を
強調する。
暇で、日常に退屈した人たちが、欲求不満のカタルシスにつかの
間の時間とエネルギーとお金を費やしているように見える。
気持悪いと同時に、本質的でなく、感覚の末端にのみ意識を集中し
ている退廃的な感じが嫌いだ。
オーディオや八百屋の世界でも、オカルト的に見られるものがある。
それはどうしてか?
「オカルト」の本来の意味はラテン語で、「隠されたもの」という意味
だという。
目で見たり、手で触って感じることができないものをさしていた。
しかし中世以降、正統的でなく異端なものをオカルトと呼んだため
に、神秘的なもの超自然的なものを意味するようになった。
当時の知性を代表する存在であったニュートンも当初はオカルトと
いわれていた。
私のオーディオの師匠、江川三郎氏も「ケーブルで音が違う」と主張
して多くの人に信じてもらえず、オカルトといわれていた。
ケーブルの音の差は大きなものがあるけれど、実際に物理的データ
をとってみるとほとんど差がでてこない。
そのために「非科学的」というレッテルを貼って、現実をみない人も
多く存在する。
けれど科学といっても、その理解の範囲は意外と狭い。
著名な天文学者の話で「近年の天文学の最大の発見は、我々は
宇宙のことを分かっていないことが分かったことだ。宇宙のエネル
ギーの15%ほどしか把握していない状況では、分かっていないに等
しい。」という。
物理学や相対性理論を駆使しても、暗黒エネルギーや暗黒物質
としか名づけることができないものの存在を予測しても、それらを捉
えることも理解することもできない。
そんな無知な状態でわからないことを「非科学的」とはいったいど
ちらの話なのかと思ってしまう。
実際オーディオの世界では、ケーブルの質や形状だけでなく、あり
とあらゆることで音が変わる。
そのため今度は、あらゆる材料を駆使した高価で、複雑で、奇異な
製品が多数世にでることになる。
1mで数万円するケーブルすらある。
それらの多くは音に余分な響きを加えることで音を「改造」しようとし
ている。
何をやっても音が変わるのだから、何でもありうるのだけれど、変わっ
たということに満足して、本質を忘れ、迷宮や袋小路に入っている
ように感じるものも多い。
ケーブルは本来入ってきた信号をそのまま伝えるのが役割なのに、
デジタルのノイズや他の欠点を補うような響きでごまかしているため、
ごたごたと混濁して何が本当か分からなくなってしまう。
これこそオカルトと呼ばれるべきものだろう。
江川先生はこうした世の流れにも強く警告を発し、シンプルに徹す
べきと主張していた。
感覚をニュートラルに保ち、小手先のごまかしや当座の心地よさに
流されず、本質を究めていくためには、常に潔癖な「姿勢」を要求
される。
先生の凛とした姿勢は崩れることなく、知識や常識に捉われず、い
つも前向きだった。
異端と呼ばれても決してオカルト的でなく、常にこちらの方が正しい
という確信と明晰と感覚の健全さに充ちていた。
そうした「姿勢」が求められるのは、もちろんオーディオの世界に限っ
たことではない。
私たちは「医学」によって健康に生きているのではなく、「教育」に
よって正しい道を歩んでいるのではなく、マスコミやネットで真実を
知るのでもない。
それらは確かに有用で、現代の生活になくてはならないものだろ
う。
しかしその威力を信じて検証しないと足をすくわれ、何のために生
きているのか分からない本末転倒の状態になる。
私たち自身の中に花咲かせるべきものがあり、そのために利用し
身に備えるべきものだ。
オカルトや自己正当化、逃避やごまかしや単なるわがままに陥る
ことなく、自分の道をみつけ、究めていくためには「姿勢」を保たなけ
ればならない。
これは私たちがかかわる食べ物の世界にもつながるものがある。
マスコミで次から次に新たな話題が報道され、つかの間のブームに
なっていく。
幾ばくかの効果は確かにあるだろう。
だからといって私たち個人に有用かどうかは分からない。
私たちの感覚でこれが良いと確認できるものしか実際の効果は期待
できない。
つまり「美味しい」と感じることだ。
話題の製品も正しいといわれていることも、玄米食も、自身で検証し
たものでなくては身につかない。
食べることは単に栄養を補給するだけでなく、そのものといっしょに
生きることに他ならない。
命でなく物として食べ物をぞんざいに扱うことは、自身を粗末にし
ていることに等しい。
私たちは大部分のオカルトや妄想などの雑多の中から自分とっての
真実を見つけなくてはならない。
人間は知っていることに縛られ、それを唯一の真実と思ってしまう弱い
生き物だ。
侮蔑し差別したり、反対に絶対化したりせず共に生きる感覚と、真っ
直ぐに向きあいからだ全部で受け止める姿勢が求められている。

晴屋の青い扉 その69 空3

晴屋の青い扉 その69
空3

「色を失う」という感覚がある。
今までと同じものが目の前にあるのに、何かが違うと感じてしまう。
存在感が希薄で、手応えがなくこちらの感覚に入ってこない。
それはもちろんその対象が変わったのではない。
感じる私たちの感性がどうしてか変わってしまったのだ。
ありのままに受け入れられずに、フィルターを通して見ているような、
現実ではなくテレビを見ているような感じで、親しい人が亡くなって
しまった時など、そういうことがあるのはよく目にする。
ショックのあまり周囲とのつながりがとぎれてしまい、世界との関係
が薄れてしまう。
もちろん意識してそうなるのではない。
動かし難い事実としてそういう状態がやってくる。
人間は大きく二つのタイプに分類することができて、感性が先に変
わって身体が後から付いてくるタイプと、身体が変わってから感性
が変わり始めるタイプがある。
私は前者で、それもかなり反応が早い方だ。
この前の震災の半年ほど前からモーツァルトをまったく受け付けな
くなり、ベートーベンばかりを聴くようになった。
あれほど好きだったモーツァルトの音楽がどうでもよく、むしろうっ
とおしい感じがする。
あまりの美しさに胸をときめかせ、涙さえ流した音楽が「色」を失って
しまったのだ。
もう前のようにはモーツァルトを楽しめない堅苦しい人間になってし
まったのかなあと思っていた。
けれど最近になって、昔のときめきが突然に帰ってきた。
胸が熱くなり、理由も、正しさもなく、ただひたすら美しい。
あるがままで、それ以上でも、それ以下でもなく、ただそれだけで充
分なのだ。
異性に対する興味をほとんど失い色気のない暮らしをしている私だ
けれど、違う「色」がよみがえった。
「色即是空」という熟語がある。
この場合の「色」というのは原文のサンスクリット語の「見えるもの」と
いう意味の言葉を訳したものだという。
見えるもの、現実にあるものはすべて「空」であり、変化しうつろう。
この世への執着が「苦」をまねくのだから、執着を捨てなければ悟り
の境地には至れない。
その宇宙の摂理をわきまえ、宇宙のひとつであることを知りなさいと
いう意味だ。
言われればそうかもしれないなあとは思うが、この世に縛られて生き
る私たちにはかなり難しい。
これにはさらに続きがある。
「空即是色」だ。
こちらはもう少し複雑で、宇宙にはさまざまな形相があり豊穣で、雑多
だ。
その多様性を知り、「空」の無常であること一切の価値は無意味であ
ることを味わいつくしなさいという教えだ。
出会ったものにきちんと向き合いながら、それに流されず本質を
見つめ続けることを求められる。
宇宙はひとつであって、同時に多様であることを感じるためには、共
通性と個別性という矛盾するものを両立させなければならない。
西洋的合理主義では解決はかなり厳しいが、私たち日本人には比
較的分かりやすい。
態度の「曖昧さ」を指摘されることが多い私たちだが、その感性の
元には「空」の感覚が横たわっている。
それを厳しく吟味し、鍛えなければ本当に分かったとはいえなくとも、
近しいものとして受け入れやすい土壌はもっている。
「空」を音楽で表現しているのがバッハだろう。
そこには峻厳と愉悦という相反するものが同時に実現されている。
宇宙の運行そのものを思わせる、静謐で輝かしい瞬間がある。
「色」を代表するのはモーツァルトで、刹那的な快感と上品な哀愁
というこの世にある悦びの異なる傾向を両立している。
こうした相反する要素、矛盾したあり方を、ひとつのこと、同じことの
別の見方として納得するには、頭の硬い私にとって長い訓練と経験
が必要だった。
その大きな契機になったのが、震災以降の時間の厳しい経過だ。
自然の脅威、科学の傲慢と不備、放射能への恐怖、安全性と人との
つながりの間での葛藤、それでも懸命に生きるひたむきさへの感動
と感謝、利権やエゴへの嫌悪。
これらは多くの人たちと共通する感覚だけれど、個人的にもドレス
デンでの自己の内面の確認、直後の年末の多忙の後の晴屋の改
装工事での体力と気力の極限への挑戦、そして肉親の逝去などが
小さな存在の私に押し寄せた。
限界を意識しながら、出来るだけ平静に日常を過ごす営々とした日々。
努力という言葉には共感できないけれど、音楽で同調したのはやは
りベートーベンの「意思」の世界だった。
男の純朴と精神の洗練を兼ね備えたベートーベンは、自分を鍛え
鼓舞するにはふさわしい。
これはもちろん私だけの感覚ではないだろう。
芸術ばかりでなく、人との出会いや自然との交わりが私たちを守り、
育てる。
生きるということは、ただ安穏とした日々を過ごすことではない。
やれること、やるべきことをやりつくし、懸命になりながら、しかも心
を静かに保って、内面を見つめる。
「色」としての現実や相手を切実に感じながら、心に「空」を保ちうつ
ろうものとして捉われずにあり続ける。
こうしたことがいつでも達成できるわけではないが、少なくともその
意味は理解できるようになった。
音楽との出会いや、身体の根元から発せられる美味しいという感
覚は、私たち自身のものであり、存在を肯定する悦びに充ちたも
のだ。
感覚はうつろうものであっても、今この瞬間はそれがすべてであり、
他の何にもかえることができない。
その刹那に身をまかす感覚が、私をふたたびモーツァルトに導い
た。
晴屋で扱う野菜や食べ物、そして気まぐれに提供する音楽の話題、
相当に怪しいオーディオの話たちが、少しでも多くの人の自分や
世界との出会いに役立ってくれることを望んでやまない。

師走の雑感

師走の雑感
早くも12月中旬となり、身辺が慌しくなっています。
みな、なんとなく足早で、車も多く、少しイライラしているように感じます。
年末が過ぎ、新年が来たからといって、なにか特別なことがあるわけ
ではないのですが、年が改まり、新たな意欲で生活するという日本古
来の習慣がまだいくぶん私たちのているのでしょうか。
世のシステムの矛盾はますます明らかになり、それでも巨大なものの
前に立ちすくんでいたたまれない思いを持ち続けることしか出来ない
日々が続きます。
自分を律して、潔く生きていればそれで充分と思いたいのですが、
本当に雑事や雑念が多く、ただひたすら流されながらも、一点の意地
を通したいと願います。
私の場合はそれが美味しい食べ物であったり、音楽やオーディオであ
ったりするのですが、どんなに逃げても結局は自分のいたらなさに戻っ
てしまいます。
世の中は悪くなる一方で自分は無力と思いながらも、何か新しい動き
や息吹きを時代の風の中に感じざるをえません。
出来ることなら次の世代が新たな生きる意欲をもてるような社会や文
化が根付き、少しでも希望を持ちたいものだと思うのは私だけではない
でしょう。
心を合わせれば何でも出来るとは私には思うことができませんが、同
じ痛みを感じる人たちの努力を認め、評価することで互いの生きる証
を確かめることはできます。
晴屋がやっていること、生産者の創意や工夫を認め、納得している
私たちがそれを理解してくれる人たちに手渡すという、小さいけれど
昔から変わることのない人と人とのかかわりを続けているのは、それこ
そが私たちが生きることだからです。
無農薬とか、安全とかいうことは、真摯に取り組んだ結果としてやってく
ることで、それだけを求めるのは人としてのエゴであり、傲慢であるとも
感じます。
大多数と同じになりたいとは思いませんが、自分だけが特別と思うこと
もできません。
出あったものにものに真剣に向き合ってい続ければ、自分にとって必然
的なものに必ずいきつけるでしょう。
晴屋で扱っている食べ物や、私の手を通過したオーディオたちが、み
なさんにそうした機会を提供できることを望んでやみません。