カテゴリー別アーカイブ: 生きた土が育てた野菜

旬の野菜  その5 芽吹きの季節

旬の野菜  その5
芽吹きの季節

新しい命が蠢きはじめ、植物の芽
がいっせいに芽吹く季節です。
じゃが芋やさつま芋などは芽がで
る時に一番栄養の状態がベストに
なるようで、もっとも美味しい季節
です。
じゃが芋の芽だけは他のものと違
い毒になるものが含まれている可
能性があるので、必ずその部分は
欠いて食べますが、他のものは芽
が一番美味しいともいえます。
晴屋の野菜は生命力旺盛で本当
によく芽がでます。
そのまま放っておくと栄養が全部
芽にいってしまうので、早めに食べ
るか、欠いておくとしばらく大人しく
しています。
人参や里芋など、上の方だけ切っ
て水を張ったお皿に生けておくと
立派な緑のインテリアとしてしばらく
楽しめます。
八百屋にとっては売りにくくて、少し
困った存在の芽なのですが、震災
以降、芽が出るの見るとうれしくな
るようになりました。
何よりひとつの命としての実感があ
りますし、放射能に犯されていない
証しともみえます。
市販のものが芽があまり出ないの
は生命力が弱いのと、薬や放射能
で芽が出ないようにしているためで
す。
これは命としては決定的なものが
欠けた、もはや命とは呼べない状態
です。
私たちと命の糧として、命を互いに
つなげるものとしての食べ物とはい
えません。
ただの物として野菜をみた時には
芽が出ないほうが効率はいいので
すが、それでは何のための食べ物
なのか、あえて言えば人間自身が
家畜化し効率的に仕事をするため
の餌として食べ物をとっているとし
か言えないでしょう。
あてがわれたものをとって、その規
を超えない方が楽なのかもしれま
せん。
今の世で自足した命として個性を
もって生きることはかえって難しい
でしょう。
けれどそれをやりとげなければ生き
ていることにはなりません。
美味しい野菜は私たちの命を支え
てくれます。

師走の雑感

師走の雑感
早くも12月中旬となり、身辺が慌しくなっています。
みな、なんとなく足早で、車も多く、少しイライラしているように感じます。
年末が過ぎ、新年が来たからといって、なにか特別なことがあるわけ
ではないのですが、年が改まり、新たな意欲で生活するという日本古
来の習慣がまだいくぶん私たちのているのでしょうか。
世のシステムの矛盾はますます明らかになり、それでも巨大なものの
前に立ちすくんでいたたまれない思いを持ち続けることしか出来ない
日々が続きます。
自分を律して、潔く生きていればそれで充分と思いたいのですが、
本当に雑事や雑念が多く、ただひたすら流されながらも、一点の意地
を通したいと願います。
私の場合はそれが美味しい食べ物であったり、音楽やオーディオであ
ったりするのですが、どんなに逃げても結局は自分のいたらなさに戻っ
てしまいます。
世の中は悪くなる一方で自分は無力と思いながらも、何か新しい動き
や息吹きを時代の風の中に感じざるをえません。
出来ることなら次の世代が新たな生きる意欲をもてるような社会や文
化が根付き、少しでも希望を持ちたいものだと思うのは私だけではない
でしょう。
心を合わせれば何でも出来るとは私には思うことができませんが、同
じ痛みを感じる人たちの努力を認め、評価することで互いの生きる証
を確かめることはできます。
晴屋がやっていること、生産者の創意や工夫を認め、納得している
私たちがそれを理解してくれる人たちに手渡すという、小さいけれど
昔から変わることのない人と人とのかかわりを続けているのは、それこ
そが私たちが生きることだからです。
無農薬とか、安全とかいうことは、真摯に取り組んだ結果としてやってく
ることで、それだけを求めるのは人としてのエゴであり、傲慢であるとも
感じます。
大多数と同じになりたいとは思いませんが、自分だけが特別と思うこと
もできません。
出あったものにものに真剣に向き合ってい続ければ、自分にとって必然
的なものに必ずいきつけるでしょう。
晴屋で扱っている食べ物や、私の手を通過したオーディオたちが、み
なさんにそうした機会を提供できることを望んでやみません。

新生きた土が育てた野菜 その8 ミネラルのバランスと波動

新生きた土が育てた野菜 その8
ミネラルのバランスと波動

ましいバクテリアが繁栄し、発酵が円滑におこなわれていて、エネルギ
ーに充ちている状態はどうしたら得られるでしょうか。
腐敗と発酵は紙一重で、それを分けるものはいったい何なのでしょうか。
臭いはその鍵になります。
臭い腐敗臭と、発酵による香ばしい香りはまつたく別物で、感覚として
その差をとらえることができます。
私たちは好ましいものを快として感じる力を持っています。
それが生命の生命たる所以でしょう。
その状態をミネラルのバランスとしてとらえることができます。
ミネラルは無機質とも言われます。
亜鉛・カルシウム・カリウムなどなど生命の維持に必要な元素で天然に無
尽蔵にありますが、多くは化合物や大きな分子として存在します。
その状態では人間は利用することができません。
ミネラルが人の役に立つのは分子がバラバラになっている、イオン化した
状態になっていることが必要です。
物理的化学的にイオン化することは極めて難しく、してもすぐに元に戻っ
てしまいます。
けれどバクテリアはそれをかんたんにやってのけ、しかも比較的長い時
間その状態を維持することができます。
そうして得られたさまざまのミネラルのバランスには、単体のミネラルに
はない独特の働きがあることが知られています。
BMW(バクテリア・ミネラル)農法の「生物活性水」は動物の糞尿を原料
として石(ミネラル)を加えて発酵させた農業用の資材ですが、それを撒く
ことで臭いが瞬時に変り、腐敗臭がなくなります。
その場の空間が腐敗から発酵へと変化します。
生物活性水の中には良質のミネラルがバランスよく含まれ、植物や動物
の健全な生育に非常に役立つことがわかっています。
「ひばの源泉」もやはり、ミネラルのバランスを変えることでその空間を
心地よいものとしてくれます。
ミネラルのバランスの働きはまだ科学的に解明されていません。
ある種のバランスがなぜ特殊な力を持つのかは、今後の宇宙のなりたち
の解明に待つしかありません。
それを波動という言葉で表現している人たちもいます。
波動理論はとても難しく、私などが説明できるようなものではありません
が、ミネラルのバランスを波動としてとらえると、感覚的に少しわかりやす
くなります。
水や塩などは波動の受容体といわれ、宇宙の最初からの波動の変化
をすべて記憶しているといわれます。
よい波動は私たちの持つ波動を高め、より健康で生き生きと暮らせると
その理論は説いています。
しかし記憶はあくまで記憶であって、現実ではありません。
よい波動を持つミネラルのバランスを私たちの周りや体内に保つことが、
本当に必要なことでしょう。
美味しさや匂いという感覚も、そのミネラルの量やバランスをとらえ、よ
り自分によいものを選んでいくための手段として私たちに備わっている
ものです。
私たち人間は、安全性や栄養の豊富など数字で追いかけられるわかり
やすいものに流されがちですが、生命というもの、あるいは宇宙の存在と
いうものはもっと豊穣で奥深いものです。
日本のトップの天文学者が「近年の天文学の最大の成果は、宇宙のこ
とを我々はほとんど(5%程度しか)知らないことが分かったことだ」と言っ
たそうです。
私たちは宇宙の全ては分からなくても、自分にとって何が必要かわかり
ます。
今の学問やマスコミの情報を捨てて、自分自身で世界を組み立てなおす
可能性が秘められています。
日本では宇宙のさまざまな波動を気としてとらえてきました。
天の気が天気で、一人ひとりの気が気分や気持。
元もとの健全な状態が元気で、病んでいるのが病気です。
物質を物としてだけでなく捉え、それを成り立たせる内側の動きも感じてい
ます。
発酵やミネラルに向き合うとき、私たちはそんな世界に足を踏み込んで
いるのです。

新生きた土が育てた野菜 その7 微生物と人間

新生きた土が育てた野菜 その7
微生物と人間

微生物と共存共栄しているのは、植物に限ったことではありません。
自然界の動物も私たち人間もその存在なしには生き続けることはでき
ません。
動物の細胞の中にあってエネルギーの代謝をつかさどるミトコンドリア
という重要なものは、元はバクテリアだったものを動物が取り込んで共存
したものです。
DNA鑑定にも使われるミトコンドリアは、植物を含む全ての生物に共通
して存在します。
私たち人間は受精した時から、進化の過程を実際にたどって人間になっ
て生まれますが、その第一歩にはまず微生物がありました。
そしてこの世に出てからもバクテリア(細菌)の世話になっています。
皮膚常住菌といわれる一群の細菌が、雑菌の進入を防ぎ、汗を原料と
して皮膚に有用な成分を作り出し、健全な肌の維持に役立っています。
そのため過度の石けんの使用で、皮膚常住菌は洗い流され、無菌で
雑菌や環境の変動に弱い、痛みやすい皮膚ができてしまいます、
腸内は正に細菌の世界です。
有名なビフィズス菌などの乳酸菌の他、さまざまなバクテリアが食物の
分解と吸収を助けてくれています。
それらの存在なしには、私たちは生きていくことができません。
濾過していない酵母菌を大量に含んだ生の酒をたくさん飲むと、ひどい
二日酔いになりお腹の中の物を全部出してしまいます。
酵母菌は必要な菌なのですが、こればかりでは他のものが追いやられ、
私たちの存在の基盤が失われてしまいます。
様々な菌がバランスよく分解と発酵をし、調和した世界を作っていく腸
の中は、植物の根が周囲と協調して生きているのと極めて似ています。
動物は動くために、ぐるっと表裏を反対にして根を身体の中に入れてい
ると考えることもできます。
私たちが生命を維持しより自分らしい生き方を追求するとき、理念や思
想の課題以前にどんな菌とどう付き合いどんな発酵の仕方をするかを
考える必要があります。
不要な抗生物質などの薬を身体に入れず、質の良い食物を摂ることで
良い微生物が繁殖し、私たちの健康を維持してくれます。
無農薬の野菜や無添加の食品も、自分のためというより、周囲や自然と
協調して生きるために必要と考えると、食べ物の別の側面に出会えるで
しょう。
菌類を怖がっていては、自分の可能性をせばめ、生き生きと暮らすことは
できなくなります。
周囲の微生物を信頼し、自分の力を信じられれば、心静かに過ごせる時
が増えていきます。
信頼が過信にならないよう訓練や努力は必要ですが、そうして自分を生
き物として高めていくことが人間の嗜みとして求められます。
その作業をおろそかにすると、生命として人間として本当に幸せな状態に
なることはできません。
微生物とのかかわり方で、私たちの生き方そのものが問われることに
なります。

晴屋のちらし2

こんなものが
あります

種子島産さとうきびの
   洗糖
農薬不使用のさとうきびを
洗糖処理しただけの原糖で
ミネラルが豊富なのにクセが
なく、コーヒー・紅茶にも使え
味わい深い旨みがあります
400g178円 1kg398円

無添加中華素材
枉駕の調味料
手間ひまかけた手作りの美味
熟成した深みのある辛さで
レストラン枉駕の味に近づけ
ます
豆板醤473円 香辛油683円

国産小麦粉・天然酵母
プチフールのパン
国産小麦粉と洗糖、塩、
天然酵母だけで仕上げた
素朴で深みのある飽きない
美味しさ
胚芽食パン1斤398円 他

三吉麹店の
醤油と味噌
山形産の大豆と米を使用
すっきりしているのに旨みが豊富
で香り高く、くせになる美味しさ
味噌1kg730円
醤油1L940円 1.8L1400円

エバメール 原点は水!
ゲルクリーム
ノンオイルで良質のミネラルと
水分が肌の艶とハリを回復
させます 全身のケア、アトピー
の症状の緩和にも最適
晴屋ポイントの添付もあります
180g瓶3675円
500gプッシュボトル8400円
500g詰め替え用7140円 他

自然に添った酒造り
寺田本家のお酒
大事に育てた無農薬米を
時間のかかる山廃で仕込み
機械を撤去して人手だけで
作った味わい深い逸品です
香取90720ml934円 1.8L1869円
香取80・五人娘・醍醐のしずく・
玄米酒むすひ・十年古酒懐古酒
も置いています

バリの天日塩
波の花・塩の華
バリ島の太陽と風と自然が
育んだ豊かな味わい
海水を撒いて急速に乾燥
させる手間のかかる揚浜式
の後戻りできない美味しさ
波の花700g735円
塩の華120g284円 250g525円

ペルー産有機エクストラバージン
オラベのオリーブ油
さらっとしているのに香りよく、ピリッとした
辛さが本物の証 ヨーロッパの
コンクールで何度も金賞をとった
世界最高品質がお手頃価格
228g1688円 456g2415円

屋久島縄文水
身体が悦ぶ美味しさ
豊かな屋久島の自然が育ん
だすっきりとして、身体に染み入る
のが実感できる美味しさ
硬度10の軟水ですが、抜群
のミネラルバランスと質の良さで
身体が元気になります
1.5L271円 500ml145円

高品質で無添加しかも安い!
久保田のアイス
バニラビーンズのみの「バニラ」、ミン
ダナオ産有機バナナ使用の
「チョコバナナ」、四国産イチゴ
が美味の「イチゴミルク」、珈琲の
ような香り高さが和のテイストで
すっと消えていく「焙じ茶」などなど
バニラ189円 宇治金時105円
焙じ茶231円 抹茶最中126円

晴屋にしかない
ものがいっぱい
屋久島紅茶 80g 682円
国産紅茶の最高峰
ベビールイボス茶 40p 1980円
紅茶のように美味しく効果大
玄米おこし 150g 378円
香ばしく甘さ控えめでヘルシー
薄力粉北上 500g 238円
産直だからできる価格と品質
日食ハヤシルゥ 12人分 452円
レストランを越える味が手軽に
山田のせんべい各種 228円
関西の合理主義の賜物

おいしいはいい感じ   ただいま製作途中の晴屋のちらしの一面です

ただいま製作途中の晴屋のちらしの一面です
   
おいしいはいい感じ

美味安心食材の晴屋です
夏のほてりを冷ます香り高いきゅうりとトマト、
寒く縮こまった身体を内側からほぐしてくれる甘く柔らかな蓮根、
すっきりした味のりんごは調子の悪いとときでもからだにやさしい美味しさです
季節や体調にあった食べ物には何にもかえがたい悦びがあります
けれど世の中には、こんなにいっぱい食べ物があるのに
美味しいと思えるものは、わずかしかありません
材料をケチったり、添加物で鮮度をごまかしたり、労力を惜しんで手を抜いたり、
そんなものでは、本当の満足は得られません
いくら美味しいものでも食べ過ぎれば不味くなるように
私たちの身体は必要なものを選んでそれに向き合ったとき、
心から美味しいと感じます
晴屋ではこの「おいしさ」こそが食べ物の一番のポイントと思っています
これがいいと率直におすすめできるすぐれた品質で
毎日のくらしに無理なく活かせるものを取り揃えています

安全性や農薬、放射能
私たちの生産者は不必要な農薬は使いません
特に除草剤、土壌殺菌剤といった環境や生物への
影響が大きいものは使っていません
けれど「有機」や「無農薬」などの認証、農薬の散布
回数などの名目には、必ずしもこだわっていません
きちんとした農業を続けていけば、農薬は自然と少なくなっていきます
農薬の回数を減らすために品種や農法を限定するこ
とで、かえって野菜の味が落ちては、
売りやすさのために品質を落としていることになります
化学肥料や動物性糞尿の多用も窒素過多をまねき、
生育は早くても、野菜の甘さや深い味わいが出ず、病気にもなりやすくなります。
ミネラルの質とバランスこそが、美味しさの秘密であり、栄養の源です
また大半の野菜は出荷前に放射能測定を行い、
10Bq/kg以下の不検出となっています
海産物は更に厳しく全品2Bq/kg以下の不検出まで追っています

直送の野菜と自然の息吹
野菜はメルカウーノ・OFJオーガニック・ファーム・ジャパン
と、加工品はムソー・創健社・オーサワジャパン・
杉食、恒食などと付き合いがあり、その中で納得
できる品質のものを選んで、品目はなるべく減らし
自信の持てるものだけを扱っています。
また晴屋の三十数年の活動の中で数多くの生
産者と出会い、数十軒の直接の付き合いがあります
リンゴの小平さん、蓮根の小塙さん、椎茸の小山
さんなど、他には換えられないものがたくさんあります
品質にほれ込み、生産者の姿勢に共感した、譲れないものたち
晴屋でしか買えないそんな商品たちが、私たちの個性を表現しています
晴屋は消費する側よりは、作る側、自然の側に
より添って、その息吹を伝えて生きたいと願っています

新生きた土が育てた野菜 その6 微生物と発酵

新生きた土が育てた野菜 その6
微生物と発酵
発酵という言葉で思い出すのは、味噌や醤油、納豆、ヨーグルトといった
伝統的な食品たちです。
最初に発見した人は驚いたでしょう。
置いておいた物が何か不思議な匂いがして、酸っぱかったり、美味しか
ったりしたのですから。
これは腐っているのか、そうではないのか、いぶかりながら食べた人は相
当に勇気があったに違いありません。
けれど一度美味しさを味わうと、そのままの素材にはない旨みや栄養に
驚き、どうしたらまたそれができるか、失敗を繰り返しながら工夫していっ
たことでしょう。
味噌や醤油、納豆などは大豆のたんぱく質を発酵させることによってより
質の良いものにし、旨みを加えたものです。
こうしたアミノ酸発酵のほか、ヨーグルトやなれ寿司のような乳酸発酵、お
酒を造るアルコール発酵などがよく知られています。
食べ物だけでなく、腸内や皮膚、沼や川、畑等あらゆるところで発酵は
おこなわれ、生態系の維持をしています。
発酵の反対のものはふつう、腐敗と呼ばれています。
腐敗は酸化のひとつで、エネルギーを燃やし物を分解する働きです。
発酵はおおむね還元作用で、酸素を奪いエネルギーを高める働きです。
人間に都合の良い微生物の働きを「発酵」と呼び、都合の悪いものを「
腐敗」と呼んでいるともいえます。
自然の中では区別なく、渾然一体となってすすんでいきます。
全体としてどちらが優勢かで、その場の持つ力が決まります。
匂いという感覚もまだ科学的にも完全には解明されていない微妙な感
覚です。
私たちは香りをかいで、それが自分にとって良いものか、そうでないかを
選りどります。
生物活性水やひばのエキスを空間にまくと、嫌な臭いが消え、心地よい
感覚になります。
化学的な香りで消臭すると不快な感じは残りますが、それとは全く異なる
ものです。
説明のできないミネラルのバランスが空間に達成されることによって、その
場が腐敗から発酵の方へと向かうのです。
その場にいる微生物の力関係が瞬時に変化し、空間の持つ力が変わ
るのが実感できます。
普通はなかなかとれないペットの猫のおしっこの臭い、トイレの臭さ、冷
蔵庫の臭いなどがわかりやすい例でしょうか。
「もののけ姫」に出てくる動物たちが傷を癒しにくる沼などにも共通のもの
を感じます。
農業ではEM菌という環境に良い微生物を土に入れる方法が有名です。
私個人の意見としてはそうした強制的な方法よりは、その場にいる微生
物を利用してミネラルのバランスを変えることで環境を改善するほうが自
然だと思っています。
BM(バクテリア・ミネラルの略)の活性水は動物の糞尿に天然の石を加え
て発酵させたもので、活性化したミネラルがバランスよく配合され、それを
利用することでペットや植物、野菜の健全な生育が助けられます。
「ひばの源泉」は天然のひばの抽出物で、雑菌の繁殖を抑えるヒノキチ
オールが大量に含まれていて、人間には害がなく、心地よいのに臭いや
雑菌を消してくれます。
いずれも腐敗を止め、発酵する力を高めてくれます。
発酵はまだ解明されていないことが多くありますが、栄養や酵素を作りだ
し、私たちの健康を助けてくれることは体験的に知られ、利用されてきま
した。
最近では放射能の除染にも効果が期待されています。
放射性物質自体に効果があるのか、粘土質に結着したものをはがして流
出させているのかはまだ分かりませんが、数値は確実に下がっています。
農業の現場や私たちの身の回りを発酵する力で充たしていくこと、その
違いを身体で納得していくことが、私たちの内なる自然の力を高めてい
くことに繋がっていきます。

新生きた土が育てた野菜 その5 生命とミネラル

新生きた土が育てた野菜 その5
生命とミネラル

食べ物を考えるとき、ふたつの側面があります。
余分な物、危険なものが入っているかどうかということがまずあります。
添加物や農薬、放射能や食べすぎもこれに入ります。
もうひとつが、必要なものがちゃんと入っているかどうかということです。
例えば白砂糖や精製塩はそれ自体が毒というわけではありません。
けれど本来入っているはずのミネラルが欠けているため、長い時間の
経過の中で身体に負担をかけます。
野菜なら生育異常や病気になりやすく、何より味の薄いものになります。
人間ではやはり病気や情緒の不安定などがあげられます。
栄養と言うとき、植物では「窒素・りん酸・カリウム」などが三大要素として
とりあげられ、人間では「たんぱく質・でん粉、油などのカロリー」が考慮さ
れることが多いのですが、実はミネラルの方が主役なのだと考えることも
できます。
海でもよい魚の育つ豊かな海洋は、森林が十流にある良質なミネラルが
流れ込んでくる場所です。
熊も冬の栄養を蓄えるためにたくさんの鮭を食べますが、ミネラルが豊
富な皮や内臓を食べ、身は捨ててしまいます。
農業で化学肥料に頼っている土壌では、健康で美味しい野菜を育てる
ことはができません。
堆肥を入れ、あるいは自然農法で生育の速度や量を抑えることで、畑
にミネラルの自然なバランスが保たれ美味しくて、身体に良い野菜が
生育します。
そこにはバクテリアや微生物の存在が前提になっています。
良い畑の土にはスプーン一杯の中に地球上の全人類と同じ数億という
数の微生物がいます。
微生物は有機物を分解して栄養にかえるだけでなく、土の中の石をと
りこんで栄養にしています。
石は人為的にどんなに細かくしても、なかなかイオンという活性化した状
態にはなりませんが、バクテリアはそれを簡単にやってくれます。
そうして良質のミネラルを補給してくれているのです。
ミネラルは量も大切なのですが、バランスもとても重要です。
ミネラルは単体でも必要なものですが、ある種のミネラルバランスが達成
された時、複合的で科学的にはまだ解明されていない働きをもちます。
波動理論という難しい発想がありますが、よい波動はよいミネラルバラン
スの記憶として水やその他の波動受容体に記録されている考えることが
できます。
そうしたよいミネラルバランスの中では、物のエネルギーが高まる方向に
向かい、腐敗ではなく発酵が主体となります。
畑に良い微生物がたくさんいることが、良い野菜の条件になりますが、
私たちの腸内にも良い微生物がいないと健康な生活はできません。
そうした意味で、私たちの存在は、野菜や畑、自然のあり方と強く結び
ついています。
農薬や化学肥料、放射能などを避けることはもちろんですが、本来の栄養
であるミネラルが不足していては、意味がありません。
その基準は美味しさです。
科学的成分はわからなくても、私たちには必要なものを美味しいと感じ
られる命としての力があります。
その力を眠らせ、発揮しないでは自分らしく個性を生かして生きてい
ることにはなりません。
危険性に怯え、不安にかられていては、その感覚は鈍ります。
自然の力の素晴らしさが、自分の中にもあるという自覚が、自身も、まわ
りの家族も、周囲の環境も育てることにつながります。
積極的な意味で私たちと自然は一体なのです。

新生きた土が育てた野菜 その4 堆肥と発酵

新生きた土が育てた野菜その4
堆肥と発酵

堆肥の材料はさまざまで、いろいろなもの、手に入りやすいものを使い
ます。
大まかに分けて、主な原材料となる有機質の物、PHの調整をかねて加
えられる石灰や骨粉、貝殻粉などのミネラル成分、発酵を早めるための
補助となる物などです。
有機質というのは生物が作り出す、炭素を中心とした複雑な構造を持つ
物質の総称です。
専門的には難しいことが多くあるのでしょうが、感覚的にはいろいろな
物が互いに支え絡み合って一つの複合的な生命体を形作っている感
じでしょうか。
枯葉や刈り取った雑草、給食の残渣などがよく使われます。
鶏糞や豚糞などは栄養が豊富で多くのたんぱく質を含みますが、反面
チッソ分が多いので栄養過多になることも多くあります。
私たちが八百屋を始めた30年以上も前には、化学肥料の変わりに鶏糞
などを使うのがいいという誤解で多用することがありました。
しかしそれでは化学肥料と同じで窒素過多になってしまい、病気や
虫が多く発生してしまいます。
今は他の成分、主に腐植といわれる繊維質のものの発酵を早めるため
の補助としてとらえられています。
野菜の健全な生育に必要なのは、活性化していてバランスの良いミネ
ラルと、発酵によって分解され吸収しやすくなっている繊維質の物です。
発酵を助けるものにも多くの方法や種類があります。
上手く発酵すると堆肥の温度は90℃以上になり、雑菌や害虫はほとん
どいなくなります。
途中に雨に当たると養分が流れたり、発酵が不完全になるためにビニー
ルで覆いをしたり、屋根をつけたりし、何度か切り返しもします。
野ざらしで、放任では良い堆肥は作れません。
有機農業に真剣に取り組んでいる農家では、一反(300坪)当たり1~
2トンもの堆肥を毎年畑に入れます。
大変に手間とエネルギーを要する作業です。
堆肥を作る補助剤には農家の考え方が根強く反映されます。
EM農法では有効な微生物を積極的に堆肥や畑に入れるという発想
で積極的攻撃的な方法です。
BMW農法では良質のミネラルを補充することによってその地に根付く
微生物を生かそうとします。
発酵なので味噌や醤油に近い発想で酵母菌を多用する人もいます。
りんごを作っている小平さんは普通果樹栽培では考えられない、雑草
を伸ばしておいてそれを刈って倒しておき、自然に帰す方法で栄養の
循環を計っています。
自然農法では堆肥もやらずに、草も刈らず、種を蒔いて収穫できたもの
を利用するということになります。
私としてはそれらの方法に優劣はないと思います。
それぞれの土地、それぞれの野菜に適した方法があり、また味の違い
となって個性が生まれます。
野菜や果物の美味しさにも、いろいろな種類があります。
甘く柔らかくやさしい味、少しの苦味のある深い感覚に届く味、すっきり
と切味がよく元気をもらえる味、そんな様々なものがあって良いし、その
多様性が私たちを支え育ててくれると思っています。
ただし自然農法は大きな収穫量が見込めないため、土地の広さや自
然環境に恵まれ、資金的にも余裕のある人たちでないと厳しいという
現実があります。
理想を追求するあまりストイックになって頑なになると、きちんとこなして
いるはずなのに、味は何故かつまらないものになってしまいます。
理屈だけでは語れない生き物同志の交流の世界、微生物による発酵
の世界にはそうしたこともよくあります。
そうしたことを表現し、また受けてである私たちも感じられる味こそが全
てだと私たちは思っています。

新生きた土が育てた野菜 その3 窒素と肥料

新生きた土が育てた野菜 その3
窒素と肥料

有機栽培や自然農法の野菜を作っている畑は、遠くから見てもはっきり
と区別ができます。
全体が柔らかい黄色をしていて、濃緑色にはなっていません。
濃い緑色の野菜は、人間で言えば栄養過多のメタボ状態。
窒素分は豊富にあって身体は大きくなっているけれど、肝心のミネラルや
ビタミンなどの微量要素が不足していて、病気になりやすく、天候の異変
にも弱く、生命力が衰えています。
スナック菓子と清涼飲料水では人間の生命力は養えないのと同じです。
以前に生産者で水と窒素を最低限しか与えないやり方で大根を育てた
人がいました。
大根は本来、水がないと育たない植物なので根に水を蓄えるように太く
大きくなったものです。
それをあえて水を最低限にすることで、一般には水に浮く大根の密度を
高め、水に浮かない大根を作ろうと思い立ったようです。
出来上がったのは小ぶりでずしっと重い大根で確かに水に沈みました。
みかけがあまりにも貧弱で売るのには説明が必要でしたが、本当に美味
しい大根でした。
畑には普通、硫酸アンモニウムという化成肥料を多用します。
通称、硫安といわれる物質は畑で窒素分になり、効率的に野菜を生育
させます。
けれど偏った栄養で見かけは大きくても根の張りが少なくなり、病気や天
候の変動に弱く、味も大味で、筋っぽく硬い野菜に生育します。
硫安は国策で世に広められてきました。
食料の増産という命題の他、工程を少し変えると爆薬を作れるということ
で、戦争の準備としても奨励され、広められてきました。
水俣では文字通り「チッソ」という名の国策企業が公害を撒き散らしてい
たのになかなか社会的な問題にならなかったのには、そうした理由もあり
ます。
そういった意味で、有機農業や自然農法とは対極の「原発」と同じ流れに
あるのが化成肥料だといえます。
一見効率的なようで、実は環境や人間関係、個人の健康や尊厳をおとし
めるもので、こうしたものは内部不経済と表現されます。
経済の効率を求めたものが巨大化することによってかえって経済を硬直
化させ、みんなが貧しくなっていくのです。
けれど堆肥や自然農法の無肥料栽培ではひとりひとりが個人の責任の
範囲で多様で豊かな方法で農業を営みます。
手がかかって便利ではないかもしれませんが、得られる充実感はまったく
レベルの違うものになります。
生育に時間もかかりますが、じっくりと育ったものだけが持つ深い滋味が
あります。
自然に添いながら、個性的でもあり、自然を生かしながら自分も生きる、共
に生きることを体現したものです。
手間を賃金に換算していては、よい堆肥もよい農業もできません。
権威や義務、発展し拡大しなければならないという脅迫観念によらず、
自分で感じたことを自分の手で試し確認できる化成肥料に頼らない農
業には、本当の意味での永続性と連続性があります。
野菜の命、生産者の命、そして私たちの命という、それぞれが響きあい、
支えあってはじめて、命の繋がりが実感できるでしょう。
私たち都市で野菜を消費する者たちにとっては、何よりもまず、美味し
いという感覚がその基礎になります。
いくらちゃんと作ったと説明を受けた野菜でも、その味わいで深い感覚が
動かされるものでなれければ、それは必要ないか、あるいは命のエネル
ギーを注ぎ込んで作られていないかなのです。
ひとつの命として、自分に必要な物を選び取っていく感覚を研ぎ澄まし
いくことが、私たちだけでなく、係るもの全てがより自然な状態になるこ
とにつながっていきます。

>新生きた土が育てた野菜 その2 根と土と微生物の世界

新生きた土が育てた野菜 その2
根と土と微生物の世界

一つの植物をイメージしてみてください。
土から幹を伸ばし、枝を広げ、伸び伸びと葉をしげらせています。
やがて花が咲き、実をならせるかもしれません。
紅葉して美しい時を迎えることもあるでしょう。
けれど私たちには見えないところで、陽はあたらないけれど大事な営みが
いつもおこなわれています。
根の世界は、私たち動物に内臓が大切なように、生存と存在の中心と
なっています。
動物は動くために、根をぐるっと身体の内側に織り込んでいるという見
方もできます。
根は植物全体を支え、水分や養分を吸収します。
そこには当然、土というものが前提になっています。
健康な植物の根のまわりには、生育に都合のよいバクテリアや酵母菌な
どが住んでいます。
酵母菌は葉や果物の表面にもたくさんいて、その殺菌力で雑菌から植物
を守っています。
植物は表面や身のまわりに酵母菌の好きな栄養をだして住まわせ、自
分の身体を守っています。
人間はその酵母を利用してお酒を作ったり、納豆などの発酵食品に利
用したりしています。
腐敗と発酵は紙一重なのですが、働く微生物の種類の違いで結果が
ちがうのです。
植物は見事に必要な物を選びとって共存しています。
都合の悪い雑菌がやってくると、酵母菌や乳酸菌は全員が集って攻撃
し、退治してしまいます。
葉からはリーチングといって、余分な栄養を土に落とし、そこでも有用な
菌やバクテリアをふやし、身の回りの環境を整えています。
団粒構造の土は根がはりやすく、水分や栄養も豊富です。
こうした土は水分を保つ力があり、保温力もあるために天候の異変に
も耐えることができます。
有機栽培や自然農法の野菜が、日照不足や気温の異常などにも
影響が少なく質のよいものができるのはそのためです。
周囲と無関係に孤立して自分の成長だけを目的としているように見え
る植物ですが、個として充足するためには、他の微生物と共存するしか
生きる道はないのです。
自然界の頂点に立ち君臨しているつもりの私たち人間ですが、自然か
ら一方的に奪うだけでは、やがて土の栄養や力は失われ、生産力の衰
退が文明の崩壊につながるのは、古代文明の結果から見ても明らか
です。
自然の恵みなしには生きていけない私たちですから、資源をまったく
消費せずに生きていくことは不可能です。
しかしそれが再生産可能で、次の世代に継続できるものかどうかが
問われます。
そういう意味では原子力エネルギーは安全性以前にその発想自体が、
農業から最も遠いものだといえます。
お金をたくさん持ち、エネルギーを多く消費し、持っている物で人間の
価値が決まるような非生産的な文化から脱出し、内面の充実を重んじる
生活を多くの人が目指し、さまざまな形でつながっていく文化が望まれま
す。
おいしい野菜や安全な食べ物も、それだけが目的なら単なる消費にすぎ
ませんが、それによって身体や心を育て、好奇心や意欲を持ってよりよ
い物や関係や社会を作っていこうとするならば、それは創造とつながり、
自然ともつながっていけるでしょう。
自意識が強い現代の私たちが完全にエゴをすてることはできませんが、
それを見つめ突き詰めることで、本当に必要な物は何かが見えてきま
す。
密かだけれど、圧倒的に豊穣な土の中の根の世界は、私たちにそん
なことも語りかけてくれます。

新生きた土が育てた野菜 その1  土は美しい?

新生きた土が育てた野菜 その1
土は美しい?

土は都会で暮らす私たちの身のまわりにも、緑豊かな自然の環境の
中にも、地球上どこにもあります。
それが自然の営みを育むものだと分かっていも、都会の雑踏の煙草
の吸殻や吐き捨てられたガムや、車の排気ガスにまみれた土は、な
るべくなら触りたくないものです。
けれど私たちの野菜を生産している現場の畑にいくと、まったく違っ
た印象を受けます。
同じ命でも千差万別なように、土も個性や質としての良し悪しがあるの
です。
裸足で歩くと柔らかく暖かく、春になると良い香りがし、握ってもふわり
として手にくっつきません。
文字通り、命を育む母なる大地と感じられます。
こうした豊かな土の中には、スプーン一杯の中に地球の全人類と同じ
位の数の数億という微生物がいるといわれています。
バクテリアや小さな虫などのそれらの生き物たちは、互いに戦って生
存を競うというよりは、共存共栄して支えあって生きています。
団粒構造という数十ミクロンから数ミリ程度の大きさの粒が彼らの住処
であり、一つ一つが独立した小さな宇宙ともいえるようなものです。
その中に酸素を好むもの、嫌うもの、水を多く必要とするもの、そうでな
いものなどがバランスよく互いの存在を助け合っているのです。
また、団粒構造は水はけや適度の空気の流通もあります。
そのため大雨が降っても溜まらずにさっと排水し、しかも適度に水分
を蓄えてくれます。
豊かで多様な自然の営みは何百年、何千年も続けることができます。
けれどここに、現代の農業の現状を移入すればあっという間に生態
系のバランスは失われてしまいます。
一つには農薬などの人工的な毒、そして化学肥料からくる栄養の過
剰がその原因です。
農薬、特に殺菌剤と除草剤は強い暴力的な力で微生物たちを駆逐
します。
無菌状態に近くなった土はかえって弱くなり、より強いものが現れると
独裁的に繁殖し作物は病気になり、更に強い農薬を必要とする悪循環
に陥ります。
また化学肥料による栄養の過剰も病気を蔓延させる原因の一つです。
こうした土は団粒構造が失われ、固くなって砂漠や粘土のように水はけ
が悪く、雨が降れば溜まり、大事な土を流失させてしまい、流れきった
後は簡単に乾燥してしまいます。
こんな土で育てた野菜が美味しいはずがありません。
形は揃って見栄えはいいかもしれませんが、甘さも香りも乏しく、目を
瞑って食べると何を食べているかわかりません。
バクテリアが供給してくれる様々な栄養が絶たれ、豊かに生命を謳歌
するにはほど遠い、ただ生きているだけの状態になっています。
現代の人間は、自らが自然の一部であることを忘れ、自分の都合で
自然をこき使ったためにかえって自分の首をしめ、農薬付けの野菜
と同じに生命の豊穣を失い、ただ生きているだけの存在になってし
まっています。
手軽さや便利さと引き換えにしても、これは決して幸せな状態とは言えま
せん。